ワールドメイトブログ ワールドメイト 和魂

★開設13年突破!! WMファンブログ[ワールドメイト和魂(にぎみたま)]に訪問ありがとう★
   ▼━【NEWBLOG更新情報&短い小言コーナー [7/25]】(スクロール仕様)━▼

     [7/25] スタッフの方がわざわざ電話をくださり、ずっと引っかかっていたワールドメイトの紹介についての回答を頂きました。御迷惑お掛けして申し訳ありませんでした。「2月のオンライン神業の記事」および「先祖供養の記事」は削除し、「大救霊と先祖供養のホワイトボードの画像」、その他の記事やパンフ部分も削除しました。

     [7/16] ようやくワクチン接種の案内が届いたけど、全身蕁麻疹をやったり、花粉症のアレルギーがあったり、肥満があったりと、副反応が怖くて予約の電話を入れられない (;▼▼) ちなみに私の父親は、2回のワクチン接種をとっくに完了していて、副反応などまったく出ずに 今でもピンピン元気です。〜日本製のワクチンができるまで辛抱しようかなと…

     [7/12] さっそく今年は早めに、お盆の大救霊と先祖供養の申込完了!! クヌム神と大山聖母マリアのマスコットはもらったぁ!! ~電話受付のお姉さんと『私がこうやって ワールドメイトの催し物をブログで紹介するのは大丈夫なのか?』って少し話したのだけど、明確な回答はもらえなかったです。

    会員でしか受けられないものがほとんどだけど、支部やエリア本部に行けば 救霊を受けに来た非会員の人とかも自由にパンフレットを見れるのだから、たぶん大丈夫だろうって思ってます。

     ~また私が視た、右手が青い粒子になって虹色の珠が浮かんでて、深見先生が出てきた神夢。あれは神様が、私がこうやって記事を作っているのを分かっていて、労ってくれた神夢だと解釈してるので、やっぱり大丈夫だろうと。もし、総本部やエリア本部から電話が来て注意されたら、該当記事はきちんと削除します!

     [7/4] ここ最近てか、しばらく神夢神聴も無いなぁと思っていたら、フッと閃いた。真面目に神様の記事を作っている時は起きないで、怠けていると起きるんじゃないかと? 『役目を果たせ』みたいな意味で。

     ~そういえば ここ数か月、神様の記事ばかりだなと。スマホは日常で使う必要なものだし、長続きしないからゲームもやってないし、エ❤動画も見てないし (笑) …やっぱり気のせいかな?まぁ、どっちでもいいや。どうせ すぐ忘れるんだし (笑)

     [6/23] さっそく『ディアブロ II リザレクテッド』を買ってしまいました!! もちろん「先行ベータアクセス権」も付属ですが、まだインストールすらできません。遊べるのは 8月だって。ちと気が早かったような…(;▼▼)ゞ

     [6/21] いま分かった!! 私が神夢で視た、右手が青い粒子になっていて、掌の上に虹色の珠が浮かんでたやつ。あの珠は潮満の珠だって! しっかし不思議だよなぁ。普段なんて微塵も思わないのに、なんであの時、熊野本宮大社に行こうと思ったんだろう?

     [5/28] ようやく新しい記事『ワールドメイト 神事の歴史 1984~2000年上半期』』が完成しました! …なんか、まだ足りない。豆木の記事を作れって「国常立大神」様がおっしゃってる気がする。

    ~で、さっそく『節分大祭「豆木祈願」』の記事を作ってしまった!

     [5/4] ゴールデンウィーク「鳴門神業」~昨日、すべての神事に申し込んでから、オンライン流しっぱなしです。深見先生が視たアマビエのメルマガ読んでビックリ!!『濡れた長髪と白装束の溺死した女性の霊みたいのが~』って話です。

     私が先に視たのと全部シンクロしててビックリ!!『WIN「神夢神聴」「霊夢霊聴」体験談まとめ【随時更新】』 ~もしかして私が視たのって… !!(☆Д☆) だから菊理姫様の眼が水流でグルグル回ってる神夢も視… キャァアアアアアくぁwせdrftgyふじこlp

     [4/25] あらら、誕生日の【AM1時9分】に桜島噴火で1.8km火砕流。爆発は今年【71】回目!! (;▼▼) 私は【1971】年生まれ。恐ろしや数字のシンクロニシティ。

     [4/24] 私の誕生日[4/25]から【17】日間の緊急事態宣言で、経済損失は【7】000億円。しかも来月の【11】日まで。そして「IOC バッハ会長」の来日は【17】日。 〜またまた【1】【7】のシンクロニシティが発動してますねぇ (;▼▼)

     [4/15] NEW記事『WIN「神夢神聴」「霊夢霊聴」体験談まとめ【随時更新】

【THE UNGUIDED - Phoenix Down】

◆3密を避けて生活を!!◆

【Tonight Alive - The Edge】

◆なんとしてでも生き残れ!!◆

『ワールドメイト深見東州の土曜神業録4 [11/16]』

 前回の『深見東州の土曜神業録 1』に続き、今回は4巻の各章から、私なりに選んだ文章を[転載]して紹介致します。



 文章だと簡単に聞こえますが、深見先生がお話されている内容というのは本物の神様からの教えやエッセンスが凝縮されておりますから、文章だけでも御魂の恩頼[ふゆ](栄養分)となります。

また、ほとんどの一般人が知らない天界や神界の機密や教えまでも知っている人間というのは、正神界[善]の神々様から見れば一目置かれる存在ですから、神々様からより篤く護られるようになるでしょう。
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【初音ミク】大祓詞-Song of The Oharae-】


 ただし、いくら大切なことを知ったとしても、それを自分の人生で活かしつつ、自分も含めた周りの人々の幸せにまで繋がるような生き方をしなければ、正神界[善]の神々様は本気の守護はしてくださいません。

『正法に不思議なし』のとおり、人として生まれたからにはすべてが御魂の修行であり、現実での真面目な努力が「主」でなければいけません。その自力の足りない部分、及ばない部分を神様に助けて頂く。それが正しい信仰心のあり方です。

「素朴で素直が神一厘」~子供のように純粋な気持ちで神様を慕い、敬い、そして助けて頂く。文明が発達するにつれ、神々様の大御心から離れてしまった人間ですから、もう一度原点に帰り、人としての生き方、本当の信仰心のあり方を見直して頂きたいと私は願います。



 ~私が言うのも何ですが、本物の正神界[善]の神々様は、意外に近くにいらっしゃいます。守護霊様だって、守護神様だって正神界[善]の存在です。私たちが気づけないだけなのです。

ですから、もし神社に参拝に訪れた際には、常日頃の御守護の感謝をまず第一に延べ、次に自分を含めた周りの人達の幸せと日本と世界の人々の幸せと安寧と平和を祈り、最後に御自身の願いをオマケ程度に祈って頂きたいです。

神様というのは愛と真心の化身、権化のような存在であり、すべての人間や世界の幸せのことを考えて働いておられる存在ですから、そういう神々様の大御心と同じ気持ちで生きられるようになれれば、絶大な守護までが授かるのです。



 【第一章 「祝詞」の秘伝 昭和59年8月4日】

<祈りとは>

 前にも申し上げましたように、神道では、祈りというのは、漢字ではこう書くんですけど、言霊でいいますと「意乗り」で、意を乗せる。自分の意を乗せる。自分の意、意乗り。祈りは意乗りなんだと。

悪い祈りをしますと、これが悪念、こんちくしょうなんていう意乗り。正しい真心の意を乗せると。真心の意を乗せるので、ほんとうの祈りになるんです。

だから祝詞っていうのは、簡単に言えば、述べていく。神様に対して祝詞を奏上しながら、例えば『お願いします』という一言でいいんですけども、



 『海川山野の種々物[くさぐざもの]を横山のごとくに置きたらわして、かしこみかしこみ申す』。


山にある物、海にある物、川の物を、こういうふうに横山のごとく神様に捧げまして、感謝、御礼いたします、というふうな形に意を乗せて『ありがとうございました』と言うのと、

『ありがとう』と言うのと、やはり、エモーションのね、乗せ方というのは随分違うと思うんです。そういうことで祝詞というものは、日本の神道の場合は、意を乗せるために。

まず、前に言いましたように、祈りには幽祭[ゆうさい]と顕祭[けんさい]があると。~中略~



 ~神道の場合には、顕幽一致した祭式と。顕幽一致する。つまり、形、目に見えない微かな心の部分を乗せて、ひとつでありますと。気持ちだけあっても駄目だと。気持ちがあれば形にあらわれて、神様に斎祭る。

形があっても駄目だと。そこに真心が乗らなきゃ駄目なんだと。神様の意が乗らなきゃ駄目なんだと。どちらが欠けましても駄目なんだと。どちらが大切かっていうと、



 目に見えない、やっぱり目に見えない世界のほうが大事ですけど、両方ひとつ、同じくらいに大切。~中略~ 日本神道の場合は、顕幽一致した形でいると。これが祝詞というものをあげる前の基礎的なものですね。

ですから、神社へ行きましても、どこへ行きましても、まずそういう気持ちで、心が入ったお賽銭でもお玉串でもしないと駄目なわけですね。

お賽銭さえパッとすればいいもんじゃなくて。そういうお参りの仕方をすると、御神霊がパァっと感応します。



<高天原の意味>

 そういう意味で、祝詞というんですけど、これは禊大祓[みそぎ おおはらい]という形で出ております。最初にこれ、『高天原に神留座す[かむ ずまります]』というふうに出てますね。

これあの、いろんな文献を見ましても、「たかまのはら」という形なんですけども、やはりこの、天武天皇がおつくりになりましたところの「日本書記」「古事記」の、「古事記」の注釈で、

これは「たかまのはら」っていうんじゃなくて、『たかあまはら』と読むのが…、っていうんで、これが万葉仮名で「阿麻」という形で、こういう字で当て字がちゃんと万葉仮名で入ってます。



 ~だからこれは「たかまの」と言うんじゃなくて、『たかあまはら』と読むんだということが、平田篤胤の文献に出ておりますし、まあ「たかまのはら」、高いところの中心的な原ということもありますけど、

魔が入っているというニュアンスがありますんで、『たかあまはら』と言ったほうが音が綺麗だということを平田篤胤なんかも言っておりますんで、正式には『たかあまはらに 神づまります』と言うほうがいい。

「つまります」でも「づまります」でもいいんですけど。



 ~それと、「高天原」ということが大事なんですね。高天原というものは琵琶湖だったんだと。近江にあったんだと。「高天原」近江説。それから、それは飛騨高山にあったんだと。「高天原」飛騨高山説。

いやそれは、高天原というものは、卑弥呼がいたところなんで大分県にあったとか、あるいは高天原というのは九州高千穂にあったんだとか、

いろんな学問的な解説があるんですけど、ほんとうは、これはもうホーリー・プレイス、聖なる場所だと。ですから、例えばこのお家ですと、高天原はどこかというと、お二階の御神前ですね。



 日本の高天原はっていいますと皇室、あるいは伊勢神宮。必ず、その場所で最も清らかな場所、清浄な場所、これが高天原なんです。「高くて尊い原」と。

ですから神霊界でも、高天原というのは現実にございます。大体、太陽の奥の太陽神界というのが普通、高天原なんですけど、現実に天照大御神様がいらっしゃいますし、天津神さまもいらっしゃいます。



 ~御神霊とここでおりますと、時々神様がいらっしゃったときに、ぱっと感覚で、雰囲気とか気でわかったり、香りがしたり、波動で、気で、あっ、これは天津神の神様だとか、

大国主命さんだったり、どうもそのエネルギッシュなオレンジ色の感じがしたり。清らかな感じがしたりします。観音様が来た場合。神々様によりまして、ずいぶん違います。



 ~M君の守護神さんの天太玉命[あめの ふとたまの みこと]さんは、何かすかっとした形で、ぱっとパワーのあるという感じですね。高御産巣日[たかみむすひ]さんは知的密度が高いという感じがしますよね。

やはり神々様によりまして、気の重さとか、輝きとか、温かさってずいぶん違うんですね。現実に、高天原というのは神霊界にございまして、神々様もいらっしゃる。



 ですから、この高天原に、高天原ということは、神霊界でもそうですし、日本の国土でも、一家の中でも、そして最も大切なのは、自分自身の御魂[みたま]のある脳の後ろとか、心の幽の一番、

自分自身の体の中、心の中の清らかな部分、御魂の部分というのが、まさに高天原なんです。そういう意味で、宇宙の高天原、神霊界の高天原、国家の高天原、一身におきましては自分自身の体の中、心の中、魂の高天原に神づまりますと。



 ~ギャザリングします、ゲット・トゥギャザーだと。神様が集まりますよと。フロック・トゥギャザーと言うと失礼ですので、非常に集中して、神々様がいっぱいやってきます。

ということは、神気がそこへ充実して入ってきますということなんです。「高天原に神留座す」と言うときに、わけもわからず言うんじゃなくて、そういう自分自身の…。



 ~ですから。神社の中であげますと、神社の中のお鏡の高貴な部分に神様がいらっしゃるという意味ですし、神社のないところであげますと、自分自身の中の高貴な部分に神様がいらっしゃいます。

神気が充実して、ご神気、ご神霊がいらっしゃいますと。こういう意味なんですよね。そういうつもりで、「高天原に神留座す」というふうに祝詞をあげなきゃいけないわけです。この最初が大事なんですね。

それだけでいいぐらいですね。祝詞のポイントはそこなんですよ。「高天原に神留座す」と言うだけでも、もう、本当の意味がわかっておりましたら、それで神様はいらっしゃいます。

九頭龍師

<神魯伎[かむろぎ]神魯美[かむろみ]>

 今度さらに、そういうふうに高天原の高貴な部分に神々様、神気が集まりまして、「神魯伎[かむろぎ]神魯美[かむろみ]の詔[みこと]以[もち]て」と。神魯伎[かむろぎ]といいますのは、男神様の最初の神様が神魯伎命[かむろぎのみこと]。

神魯美[かむろみ]というものは、女神様の最初の神様なんです。これ、まあ菊理姫様は神魯伎命[かむろぎのみこと]さんの娘さんなんだという説が、「秀真伝[ほつまつたえ]」なんかにも出ておりますけども、

「神魯伎神魯美の詔以て」っていうのは、男神様・女神様の最初にお出ましになった、あるいは神魯伎というのは男性で縦の働き、神魯美というのは女性で横の働きの最初の働きの御心によってと。



 ~ですから、神々様のもとの神様と。働きの最初の神様と。男神様と女神様と、陰と陽の結合。そういう「詔以て」御心のまにまにと。

働きがあって、皇御祖神[すめみおやかむ] 伊邪那岐[いざなぎの]大神[おおかみ]と。

【皇御祖神[すめみおやかむ]】というものは、「すめる(皇)」という皇室の皇ですね。この「すめ」というのは。



 ~例えば天照[あまてらす]皇[すめ]大御神[おおみかみ]様。天照大御神様と書く場合と、ここにこういう(皇)が入りますね、天照皇大御神様。天照[てんしょう]皇大[こうだい]神宮[じんぐう]なんていいますね。

これは天照大御神様っていうのは、そういう形で天上界にいらっしゃる神様、すばらしいんですけど、これ「すべる(皇)」がつきますと、これ別名、統一する、統べると。

「すめ」とか「すべる」とかということで、宇宙の中心で、高天原の主宰神としてそういうものを統率しておられる。統べ守りたまえる、統率していると。皇室というのはそういう意味で、国家とか、あるいは皆それぞれの祖先を代表して統べっていると。

九頭龍師

 滑って転んでっていうことじゃなくて、すべるということはそういう意味で、統率する、統一するという意味なんですね。ですから天照大御神様という場合と、天照皇大神宮という場合と、神様の働き方が違うんです。

ですから、伊勢神宮の天照坐[あまてらします]大御神[おおみかみ]様。天照坐大御神様ですね。同じようなことですね。(坐とは)、お座り、いらっしゃいますところのという意味で。

ですからこの、皇御祖神[すめみおやかむ]というのは統べる御祖[みおや]、皇御祖神[すめみおやかむ] 伊邪那岐[いざなぎの]大神[おおかみ]というのは、そういう形で、統べ守りたまえと。



 ~神生み、国生みする形で神魯伎神魯美の、男神女神の最初の、「高天原」神霊界の奥深いところで、神魯伎神魯美の神様がいらっしゃるんですけど、その命令をもちまして、

この三次元、この国土に、要するに五次元神界に、神生み国生みのお働きの伊邪那岐命[いざなぎのみこと]様。まあ伊邪那岐[いざなぎ]と伊邪那美命[いざなみのみこと]さんがいらっしゃったんですけど。

その後で、伊邪那岐命が黄泉の国へ行って ~中略~ そして黄泉の国から何とか脱却しまして、八十禍津日[やそまがつひ]、大禍津日[おおまがつひ]、直日命[なおびのみこと]、大直日命[おおなおびのみこと]で禊祓いをして、そのときにあらわれたのが天照大御神、月読尊、素戔嗚尊。

  

 ~そこが、「筑紫の日向の橘の 小戸の阿波岐原に 御禊祓へ 給ひし時」というのは、『古事記』の黄泉の国から戻りまして、反省しまして、身を綺麗にしようというところで、

この筑紫の、九州の、日向の小戸の阿波岐原という、現実にもそうなんですけども、神霊界にもあるわけですよね。そういうところで「御禊祓いし時に生坐せる」ということなんですけど、これは『古事記』のほうから見た解釈なんですけども。

まあ要するに皇御祖神[すめみおやかむ]と。伊邪那岐、邪那美。神魯伎、神魯美の幽界の神界の奥深いところからの命令で、伊邪那岐命さんが国生みをしなさいよと。最終的に、禊祓いをするといった状況にきました伊邪那岐大神様、こういう意味ですね。



<祓戸の神様とは> 

 ところが、皇御祖神[すめみおやかむ]というのはそういう意味なんですけど、「筑紫の日向の橘の 小戸の阿波岐原に」ということを、簡単に『古事記』の物語的な解釈だけじゃなくって、これをもう少し深く、言霊で解釈してみたいなと。

といいますと、『古事記』のそういう意味だけじゃなくて、「筑紫の日向」ということは、一生懸命尽くして、一生懸命努力して、「日向」っていうことは、天照大御神様、太陽へ向かって、あるいは霊的な物事に向かって、魂とか死とか、神様の高貴なものへ向かう。日向。~中略~

橘というのは単にね、まああの、お花が立つということなんですけど、花がぱっと立つということで神気が立つとか、神様がいらっしゃるという意味らしいんですけど。



 ~そういう一生懸命努力していって、日向、霊的なものとか、天照大御神様に向かっていって、自分自身の気持ちがわあっと立って。そして花咲いていく。そういうふうな「小戸の阿波岐原」。

「小戸の阿波岐原」というときに、小戸の阿波岐原という地名もありますけれども、これは「おど」の阿波岐原というよりも、「おと」の阿波岐原。~中略~

結局、言霊によりまして、音によりまして、ミュージックというよりは言霊によりまして、いろいろと泡のようにうわーっと出てくるものを禊祓っていくと、言霊によって、おどの阿波岐原によって禊祓うと。神々様の神音というか。



 ~まあこれ、真言密教で言えば真言ですね。神々様のお姿とか、働きとか、言葉にあらわすこともできない心の奥のそういう真言、そういうときに禊祓いをしますと。阿波岐原。

まあ「阿波岐原」もいろんな解釈があるんですけど、まあ「御禊祓へ 給ひし時に」、そういうときに出てきた祓戸の大神様。一生懸命努力して真心を持って神様に向かいながら行くときに、心が立って、

お宮さんのところはふわーっと立つ橘の、そういうところが「小戸の阿波岐原」、言霊によりまして清められていくときに出ていらっしゃる祓戸の大神様。



 「祓戸の大神様」といいますと、四柱いらっしゃるんですけど、『古事記』によりますと七柱。正確に言えば七柱あるんですけれども、四柱。これ聞いてますと、ふわーんとなると思うんですけどね。

冴える人もいたり、ぼーっとする人もいたりして、なぜぼーっとするか、なぜ冴えるかというと、祓われるものが疼いてたりなんかして。いいんですけど。えー。「祓戸の大神様」。井草八幡さんに行きますと、祓戸の神なんて言いますね。

「祓戸四柱の大神」というね。これが瀬織津姫[せおりつひめ]とか、速佐須姫[はやさすらひめ]。(板書「瀬織津姫[せおりつひめ]、速開都姫[はやあきつひめ]、息吹戸主[いぶきどぬし]、速佐須良姫[はやさすらひめ]」)



 ~つまり、これが祓戸四柱の神様で、これがあの、自然界の綺麗なものが来たり、サイクルを代表しているんですよ。本当はあと、ここに三柱がありまして、『古事記』を見ましたら、あと三柱の神様がいらっしゃって、七柱を祓戸の神という場合もあるんですけど、代表的なのはこの四柱ですね。

これを説明しますと、例えば瀬織津姫[せおりつひめ]というのはどうなのかっていいますと、千葉からずうっと、利根川の上のほうにいらっしゃる神様なんですけど、例えば雨がずーっと降りますね、雨とかそういうものがね。

そうすると、瀬織津姫というのは「せおりつ」ですよ。お山に降った水がですね、ずうっと小川のせせらぎのほうへ集められていくわけですよ。ね、雨は。



 ~お山の上に降ったやつが徐々に集められまして、川のほうへ、小川のほうへ流れていきまして、それがやがて、上のほうへ出した川が大きな利根川とかね、最上川とかって形で、中へ入っていくでしょ。

そういうふうに、お山であったものがずうっと洗い流されて、瀬織津姫、洗い流されてきまして、山のせせらぎの中なんかにこう、集まっていくと。ですからこれは、肉体で言いますと、

例えばその、体の中にあるような汚い不浄物とか、例えば乳酸ですね。血液が疲労しますと乳酸が出てきます。それが血管の中へ入っていくという働きが瀬織津姫の働きなんですね。



 瀬織津姫というのはそういう形で、天地自然でいいますと、雨が降ったやつが、その小川のせせらぎに入っていく働き。自然界の。人間でいいますと、汚物が徐々に体の中へ排泄していくという働きなんですよ。

血管の中へ入れていく、あるいはリンパとか。汚物なんかも例えば、尿に排泄していくような働きとして、食べ物とか要らないものが腎臓のほうへ流れていくと。

こういうふうな体の働きを、瀬織津姫の働きというわけです。



 ~それから、速開都姫[はやあきつひめ]と。速開都姫ですから、ぱあーっとスピーディにね、最上川とかそういうふうな形でどんどんどんどん吸収していって流していく働きが結合しまして、どおーっと。

まあ下水管処理ですね。例えば、上下水道のような形で、汚いものが流れていく。水道の蛇口から下水管へおりていくのが瀬織津姫といいますと、大きな土管へ入っていって、ぶわーっと海のほうへ流れていくと。

あるいはその、大きな最上川とか利根川のような、大きな流れとなって、ずうっと出ていくというのが速開都姫。体でいいましたら、どんどんどんどん腎臓とか膀胱のほうへばあーっと流れて入っていく。こういうふうなのが速開都姫。



 ~息吹戸主神といいますのは、人間の汚らわしいものが台風とか風でぴゅーと清められます。汚らわしいものが集まりますと、台風が来ますとスカッとするでしょ。埃とか塵とか、そういうものが全部ぶわーっと流されますね。

風によってこれが吹き払われると。息吹戸主神によって、ですから風がぴゅーぴゅー吹いている。まあ、肉体でいいますとゲップとか、ガスとかがゲプッと出たり、プッと出たり。これがいろいろな変化を出していく人もいますけど、息吹戸主。

風とか気体とか、そういうふうなガスにしていくという働きが、息吹戸主の働きなんですね。森羅万象、気体。



 そして、速佐須良姫[はやさすらひめ]といいますのは、お山でせせらぎのほうにきましたのが川の中に入りまして、最上川のようにうわーっときました。風が吹いてぴゅんぴゅんぴゅんぴゅん吹きまして、

川の汚らしいゴミとか下水のほうが海へ流れていく。海へ流れていったものが、速佐須良姫という形で、もうね。汚物もわかんなくなっちゃって、海の大海の藻屑とどって消えていきましたと。

消えていったというのが、速佐須良姫。さすらって消えていくと。風でぶわーっと吹かれていって、どこへ行ったのか、どこにももう消えてなくなっちゃったと。これが速佐須良姫なんですよ。



 ~ですから宇宙の中でも、この生成化育の働き、浄化作用の働きはありますし、天地自然、山で降った雨も、せせらぎから川へ流れてずっと海へ行き、消えていきました。上水道、下水道から流れていきました。

人間の体内、あらゆるところの浄化作用というものを総称しまして、瀬織津姫[せおりつひめ]、速開都姫[はやあきつひめ]、息吹戸主[いぶきどぬし]、速佐須良姫[はやさすらひめ]という四つの働き。これが祓戸の神様なんですね。

ですから、霊的にも四柱の神様いらっしゃいます。これが女神様です、三つ。息吹戸主神様が男神様ですけど。そういうふうな形でこの、祓戸の神様というのはいらっしゃいます、確かに。五次元神界の中で、祓戸の神様、いらっしゃるんです。



 この息吹戸主神様っていうのは、霊界の中では、いろんな来たときに、おまえはこの地獄へ入っていくという門番しています。本当は正しい神様なんですけど、悪いやつをぶわーっと払い退けて、おまえなんか出ていけなんて言って、息吹戸主神様って、息吹祓い。

言霊の息吹で、うわーっ、出ていけ~なんていうような、これ息吹戸主ですね。もう迫力でやっちゃうというのは。そういう働きを、自然界でもそうですし、神霊界でも厳然といらっしゃいます。お姿持って。

だから息吹戸主の言霊でうわーっという形で、祓戸の神様によって祓われるんですね。お話が長くなりましたけども、そういうふうに「御禊祓へ 給ひし時に」。まあ禊といいますのは、身をそそぐということで、水で綺麗にするという意味もありますし、「身を削ぐ」と。 ~中略~



 ~ですから「筑紫の日向の」、一生懸命努力して神に向かいながら「橘の小戸の阿波岐原」、言霊によりまして、阿波岐原に出てきたものを禊祓い、身を削いでいくときにいらっしゃいました、まあ『古事記』でもそういう物語で出てきた「祓戸の大神等[たち]」。

ですから、「祓戸の大神」じゃなくて、「祓戸の大神等[たち]」と出ているでしょ。祝詞では。「祓戸の大神」じゃなくて、「祓戸の大神等」とは何かと言ったら、この四柱の神様ですね。あるいは、合せて七柱の。

あとはあの、速佐須良姫[はやさすらひめ]の中で、海の上のほうで消えちゃった、中のほうで消えちゃった、神界の奥でもう消えちゃったなんていうレベルが書かれているんですけど。これが「祓戸の大神等[たち]」なんです。



<「罪けがれは祓えばよい」> 

 で、「諸諸[もろもろ]の禍事[まがごと 罪穢れ[つみ、けがれ]」を「拂ひ賜え」「清め賜え」と。ここで問題になるのは禍事[まがごと]ですね。曲がったこと、神様の目から見て、よくないこと。天地自然の法則に合わないことへの罪穢れ。

前にも申しましたように、罪とはどういうものかと。キリスト教的な「贖罪」の罪じゃなくって、神道でいいます罪というものは、神様の御心に合わないこととか、「天網恢恢疎にして漏らさず」の罪、一過、二過、三過の過ちの話をしましたけど、そういうものが積み重なったものが罪だと。

色町なんかに行きますと、しゅーとね、動物霊とか、おコンちゃんにやられまして、気がこう枯れちゃうと。精気をとられて、もう気が枯れて。だから、そばへ行くと、こしょこしょこしょこしょ、痒いとか、気持ち悪いとか、気枯れたななんて。

気が枯れちゃうんですよね。ぴちぴちとした御魂の部分が枯れちゃってしまうと。霊的ないいエネルギーをとられちゃう。気枯れしまう、これが穢れですね。だから、これを祓い給えと。罪は神様に合わないことを積んできたもの。



 (キリスト教の罪のような)「贖罪主、造物主と被造物」という中で、人は罪人だというんじゃなくて。お洗濯の…、ああそうですね、前にもお話しましたように、積み重ねているようなことがあったり、穢れているものがあったら、多目的洗剤で、これを綺麗にお洗濯すればいいじゃないかと。

植松先生がさっき言いましたように、ちょっとした汚れだったら弱い洗剤でやるんですけど、やはりかなり強くなってきますと、濃度の濃く、薄め方も濃度を濃くしないとなかなかとれない。

もう汚くなっちゃいましたら、何度お洗濯してもやっぱりシミが残ってしまうと。だから、早いうちに禊祓いをしていくと、常に清らかだと。人間やはり生きているうちにおいては、そういうものをね、必ず塵のないところはありませんから、お掃除、お洗濯と同じです。



 ~ですから神道では、清潔主義ということをとりまして。T道ではあんまり清潔主義ということを言われておりません、中国的で。汚らしいところでありましても、ごみごみしているところでありましても、ごみごみしているところにはやはり邪気が来まして。

だから清潔にするということが大事なんですね。綺麗にすると、邪気邪霊が居場所がないわけで。それでもう、神様がいらっしゃるんですね。人間も、清潔にしておりますと、神様がいらっしゃいますけど、

いくらいいことを思っていて、いくら綺麗にしてましても、清潔な心、清潔なお部屋とかにしていなかったら邪気がついちゃって、祓っても祓っても、自分のところに汚らわしいものを持つから、ボウフラが来たり、ゴキブリが来たりするんですよね。邪気邪霊というのはそういうものなんですよ。



 ~だから、罪穢れは、清潔主義というのが神道にはあるわけです。清らかな、清浄な気というものが神道で。高級神霊がそうですね。ですから、この清潔主義にすると、邪気がいない。

まあそういうことで、祓戸の四柱の神々様、「諸諸の禍事」、神様から見て曲がったこと、よくないことによって起きてきたことをした罪と、積み重なったもの、穢れましたものを、どうぞ祓い給え、清め給えと。お祓いくださいまして、清らかにしてください。


 そういう、神霊界の実状もそうですし、祓い給え、清め給えという精神。元は綺麗なんだと。元は神の子、神の宮で、分霊分魂を持っているから、人はもう清らかなんだ、神様の御社なんだと。

だから、祓い給え、清め給えと言うと、元の綺麗な姿に戻してくださいというニュアンスが入っているわけですね。そういうことの由を「天津神、国津神」と。

九頭龍師

 天津神と申しますのは、いわゆる天孫降臨、高天原にいらっしゃる、まあ高皇産霊神様も天太玉の神様も、あそこへいらっしゃった、天孫降臨でいらっしゃった。

国津神といいますのは、いわば太古のユダヤ系の神様なんですけれども、大国主命さん、大物主神様、大国主命さんの一派ですね。人間界でいいますと、お金儲けが上手だとか、あるいは一生懸命、体に汗して働くのが好きだと。

天津系というのは、それよりもっと内面的なものとか、精神的なものが好きだなんていう人は、天津系の場合が多いわけですよ。あまり経済能力はないという人が多いですね、一般的に。



 ~まあ天津神、国津神という系統があるわけです。ですから、天津神、国津神といいますと、神々様ぜんぶですね。天津神も、国津神も、天界系の御魂も地上に動いていく、働こうという大国系の神々様。

そういうふうな天津神、国津神であるところの、及びそういう系統の八百万の神たち、全部の神様ですよ。そういう全部の神様と共に、ここが大事なんです。「聞食[きこしめ]せと 恐[かしこ]み恐み申す」と。

聞いてくださいませというふうに「聞食せ」というのは思うんですけど、言霊でいいますと、「きこしめす」というのは、これ、「利く」。右利き、左利き。よくファンクションしてくださいませと、「利こしめせ」と。



 ~右利き、左利きと同じですね。よく利かすと。スナップを利かすなんて言いますね。だから天津神、国津神であるところの天界系も地上系の神様も、その全部の神様がお聞き及びくださいまして、働いてくださいませ、動いてくださいませと。

よくそのお働きを全うしてくださいませと、「聞食[きこしめ]せと 恐[かしこ]み恐み申す」。身をへりくだりまして、謹んでお願い申しあげますと。これ、『まをす』なんて言って、祝詞のあげ方が下手な人がいまして、『かしこみ かしこみ もまおす~(語尾下がる)』と言う人がいるんですよ。

下げちゃだめなんですよね。本当は。祈りですから、意を乗せなきゃいけないんで、『かしこみ かしこみ もまおすー』というところで、神様ーっというので、意を乗せなきゃだめなんですよ、自分の意を。

九頭龍師

 『まをすー』と言うと、『と申し上げます』というね。こちらのほうから申し上げるんですから、語尾は上げなきゃだめなんです。最後の『すー』と言うところで、自分の中心部分、素の部分に戻りまして、

神様、中心から神様の中心へ意を乗せますという気持ちで祝詞をあげなきゃ、なかなか霊的にぴたっといかないんですね。だからこれは、非常に簡単な意味の中に、森羅万象、これを…、意味あります。

般若心経でも、あれだけ短い中に、あらゆることを全部、言い尽くしています。ですから天津祝詞とか、禊大祓ということは…



 『 ~中略~ (さすがにここまでは載せられませんので、本を買って読んでください。ただしい意訳(意味)がぜんぶ記載されています)』~という意味が祝詞になるんです。



 ~ですから、これによりまして祝詞をあげますと、神様がすっといらっしゃるんですよ。これを祝詞あげますと、自分の内部がきれーいに清められると。ですから、何回も何回も祝詞をあげて、暇があったら祝詞をあげていればいいんです、お腹の中で。

常に浄化されまして、神気が充実してると。天津祝詞にはこれだけの、言霊の意味が自然に配列されているんです。我々の魂の奥、『古事記』の奥の御魂に来るようなリズム、サウンドがあるわけですね。

そういうつもりで祝詞をあげるのと、単にこれをあげればいいんだろうという、『「高天原」え?、「神留座す」難しいな、これ。え、神がとまっているのか?』という形で、ただ単にあげるのと…



 ~最初に言いましたように「意乗り」と。祝詞というものは、自分の意を乗せる。神様に祈り事を申し上げまして、言葉に乗りまして、自分の気持ちを神様に言上申しあげるわけですから、

そういう意味を理解して、そういう気持ちになって、真我没入して一回あげる人と、百万回意味が分からなくてあげる人と、神様の反応の仕方、神力の出方がずいぶん違うわけですね。



<祝詞の活用法>

 そういうことが祝詞のだいたいな意味でございまして、今なぜ祝詞を最初にあげるかと。そういう気持ちであげますと、神々様、それから守護神さん、守護霊さんにね、お願いするときに、『守護神さん、守護霊さん』と言う場合と、

祝詞をあげまして、そういう気持ちで祝詞をあげまして『私を守っておられる守護神さん、守護霊さん、今日も御守護を頂きまして、ありがとうございます』と、まず感謝をする。それから具体的に祈る。

人として精一杯やる努力の姿勢がなければ聞かないです、神様は。動物霊と違いますから。それは、お父さんとお母さんが、子供がおねだりしてて、まあ、知らないうちなら教えてあげようと。



 ~しかし、何度も何度も努力もしないのに、お父さんお願いします、お母さんお願いしますと口で言っていても、だめだ、自分で努力せえと。

ある程度努力するんだったら聞いてあげるけれども、何の努力もしないのに親ばっかり頼るんだったら、君のためによくない。だから、いくらお願いしても、神様は全然動かないときがあるんですよ。

守護神、守護霊にお願いすりゃいいってもんじゃないんですよね。聞いてはくれています、聞いては。しかし、動いてくれない。聞いてはくれてますよ。だけど、動いてくれない。



 ~動くとよくないと。みずから人としての努力もしないのに、頼り過ぎちゃだめだと。そういう形で、自力でやるんだなんて言ったって違うんですね。せっかく、危ないときには陰ながら守護してあげるのにと。

お願いすればいいじゃないのと言います。お父さん、お母さん、何でも言うことがあったら言ってごらんと。自分で努力してこうこうやるんだったら聞いてあげるよ、お金も出してあげるし、教えてあげるよと。

お父さんの親戚縁者でそういう人がいるから紹介してあげるよという形で動いてくれるわけですね。



 ある程度、人として、子供としての努力の姿勢があって、真心を持って「お父さん、お母さん、お願いいたします」と誠心誠意お願いしたら、どんなお父さんでもお母さんでも、お願い事を聞いて動くでしょう。

それと同じなんですよ。あんまり努力もしないのに聞いてあげると、その子をだめにしちゃうからというので、守護神、守護霊さんも動かないんですよ。



 ~そういうあたりをよく御存知になったら、守護神さん、守護霊さんをもうお出しした人が何人かここにいらっしゃいますので、そういう人はそういう形で祝詞をあげてお願いしたときと、

ただ単に黙然でいった場合と、口でぱっぱっぱと言った場合と、祝詞をびしっとした形で言った場合とは、全然動き方が違います。一度実験してください。~中略~

ということで、祝詞の解説ということで、早口でしたけれども、終わりたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)


 (編注:天津祝詞についてさらに詳しく知りたい方は、富士箱根神法悟得会「初級篇」、また伊勢神法悟得会「初級篇」をお受けください)



 【第二章 素の神様と次元界 昭和59年8月22日】

<四次元は心の世界>

 えー、次元界のお話をします。まあ、前にこういう質問がありまして、一次元というのは点でしょと。二次元は線ですねと。三次元はこの世界でしょう。それ以上の世界ってあるんですかと質問がありまして。

えー、三次元というものは、我々の生きているのが三次元でして、時間と空間があるわけです。一日二十四時間、一年三百六十五日と。こういうふうな空間というものがある世界、これが三次元ですよね、現実界。



 ~ところが四次元というのがあるわけです。四次元の神秘とか、四次元の何かとか。~中略~ 四次元というものは、例えて言いますならば、これはもう心の世界です。肉体内の世界。

えー、四次元とはどういう世界かと言いますと、例えば心の世界。~中略~ 例えば、そうすると、過去、距離も、時間・空間超越してますよね。

二年前の姿というものがぱっとイメージの中ではほうふつと浮かんできますよね。沖縄っていうと、もうすぐに沖縄ですよね。アメリカでしたら、自由の女神。



 ~とにかく、そのように人間の心の世界、イメージの世界といいますのは、距離と時間を超越しますよね。例えば、未来の僕なんて考えますと、未来の僕、そうか、イマジネーションの世界では未来を超えますから、

過去、現在、未来、時間・空間を超越した世界というのは、例えばそうですよね。ですから、この接点というのは、夢の世界ってのはそうですね。~中略~


 夢にも雑夢と― これもフロイトとかユング、いろいろ言ってますけど、雑夢、霊夢、神夢ですね。(雑夢というのは) これはもう体が悪いとか、もう足かせ、手かせ、うわーと起きてみたら布団に足がくるまってたとか。

例えば、お腹が痛かったらお腹が痛い、そういう肉体的なこととか、全然関係ない夢を見ます。大体こういうのは白黒が多いんですよね、白黒が。



 霊夢というのは、守護神さんとか守護霊さんとか、ご先祖さんなんかが見せる夢です。非常に象徴的に出てきます。時間・空間を超越します。

神夢というのがあるんですね、ほとんど神夢と霊夢はカラーで見ます。大体、朝の五時ぐらいに見るんですけとも。そういうふうに三次元の時間・空間との接点ですから、夢は。

こういう世界に近いので、その世界から写し出されていくと。守護神、守護霊さんとか神様が、この接点で見る場合があるわけです。つまり、まあ三次元の世界と四次元の世界ってのは、肉体と心の世界であると。~中略~



 ~特に、その三次元の世界の中で、どういうふうに生きていったらいいかという教えが儒教です。孔子の教え。仁・義・礼・智・信。

仏教というのはどういうふうかといいますと、やはり心の世界です。ああも言えるし、こうも言えるし、こういう心を持っちゃいけない、ああいう心を持っちゃいけないと。

すべて仏教の世界というのは、心の世界を説いております。~中略~ 「例えば 例えば」というのは心の世界ですから、見たり聞いたりしたり、喜んだり、さっき喜んだかと思いますと、嫌なこと聞くとがっかりしたりと。



 ~心の世界ってのはころころ変わるわけです。見たり聞いたりしたものに感じまして、ころころころころ変化しますので、仏教というのは無尽蔵に教えが出てくるわけです。

まずは仏教というのは心ですから、心のあり方を全部説いているわけですね。



<五次元以上は神様の世界>

 ところが、五次元というのがあるわけです。五次元とは 何かといいますと、いわゆるこれが神様の世界なわけです。

例えば神様の世界といいますと、えー、榛名の神様とか、八幡様とか、大黒天さんとか、天照大御神様とか、顔とかお姿とか、須佐之男命さんとか、日本の古事記に出てくる神様でお姿がある。

ここには光とか熱とか、エネルギーなんかがあります。神様の世界という世界があるわけです、神霊界が。通常、この世の中ってのは、現実界のことを、うつし世って言います。


 
 ~なぜ、うつし世と言うか。大体、神様の世界で起きたことが四次元に写ってまいりまして、それから現実界にも写ってくる。だから、うつし世と言うんだと。写されるんだと、こういう順番で。

これを、五次元と言いますのは、ですから御魂返し[みたまがえし]と言いまして、どんどんどんどん前世へ戻っていきますと、何々の命、何々の神様と。

まあ大きく分けまして、伊勢系と出雲系がありまして、伊勢、まあ縦から、天津系と国津系ですね。古事記の中で天津系、もともと天孫降臨した天津系。それから国津系というのは大国主命さんとか、ああいうふうな人たちですね。



 ~中略~ あんまり高貴な世界はよく分かんないけど、体を動かすほうがいいんだと。おおらかにね、活発に生きればいいんじゃないかという、そういう人生観のある人、国津系の人が多いですね。

天津系の人はどちらかというと芸術。芸術とか、感性とか、宗教とか、神の世界とか、そういうのが好きな人が多いですね。その両方を持っている人は、伊都能売[いずのめ]の働きと言うんですけど、両方持っている人いますけど、一般的にそういう人が多いですね。

えー、そういうふうに、まあ二種類に、天津系と国津系に分かれるんですけど、まあ大国主系、天照系、まあ、そして、御魂の系統っていうのあるわけです。



 ですからその、大体ずっと戻っていきますと、十六万年ぐらいですか、十五万八千年ぐらい前に、何か神様の世界があったみたいで。もっと前にあるんですけどね。

いわゆる日本の『古事記』に出てくるような何々の命っていうふうな名前でいたのが約十六万年ぐらい前でしょうか。(数万年前の)大きくムー大陸か何かどーんと沈みましたときの、

その当時の記憶というのは、御魂の世界に近いですね。~中略~ 三次元、四次元で知りながら、やむにやまれぬ五次元の魂の世界。例えばそうですね。これが御魂の世界だと。



<六次元から上の世界とは> 

 さらにこれをもう少し、もっと綿密に細かく分けているのがこれなんですけど、魂の世界っていっても次元があるわけです。五次元といいますのは、形にあらわれた八幡さんとか、大黒天さんとか。

まあ、大黒天というのはヒンズー教ですけど、大国主命さんとか、ああいう形であらわれました顕現神なんですけれども…。この第六神界といいますのは、もう少し微妙でございまして、神様の創造の世界なんですね。

第六神界というのは、例えば活動力、形を持って、姿を持って、こうエネルギーがありますけども、創造の世界。例えば、こういう音楽はどうかなーと、ひらひらひらっと浮かんでくると。



 ~例えば、こういう絵を描こうかなと。何かこうイメージで、すばらしい芸術のものをつくろうかなという世界です。芸術活動にしましても、エネルギーとかじゃなくて。

これを極微実相とか、紫微天界、紫色で非常に極微実相[ごくびじっそう]玄現紫界[げんげんしかい]なんていうのがM文明教団で言っておりますけど、紫微天界というのは、

大石[おおいし]凝真素美翁[ごりますみおう]と言いまして、明治時代に言霊学、言霊学を作った方なんですけど、それがこの紫微天界なんて。

九頭龍師

 大体、この六次元といいますのは、ここまでが大体、姿とか形が出てくる。神様の形をとる前の―まあ、とるんですけども、五次元の奥の世界です。五次元のもう少し微妙で、まあそのと申しますか…。

えー、この六次元までが姿とか、形とか、あらわれる世界なんです。じゃあ、この七次元、八次元、九次元って一体どういうものかと言いますと、七次元というものは別名これを、隠れみの神界と言う。

隠れみの神界と言いまして、隠れみのの中に入っているから、人間にはよく分からないと。人間の五感とか、理屈とか、理論とか、そういうもんじゃよくわかんないと。



 ~なかなか理解することができないような奥深い神界のことがあるわけです。ここはもうカラーです。ここはもうオレンジ色とか、色の世界です。もう姿ないんですよ。色。

このあたりですと、もう波動。神様の姿なんかとらないで、パーッ、しんしんとくるような波動。~中略~ こういうふうにその次元界は、ぱっぱっぱっと、神様でも次元界によりましてお名前が変わると。



<念を残すとどうなるか>

 こういぅふうに大きく分けまして、我々が知っているのは三次元、四次元。この世界という、霊障、霊というのはここ(四次元)ですね。

例えば心の世界ですから、殺されますね、「うわーっ、痛い、残念だ」という残念は、念が残ると。残念だということは念が残るわけです。例えば恨みの霊なんていったら、くわーっと恨んでいるのは、こう角が生えますね。~中略~ 

ですから、四次元というのは念を残す。例えば男女の怨恨、それから土地とか財産、お金、人間関係、子孫。事故で死ぬとか、変死するとか。~中略~

九頭龍師

<天意の転換>

 この第六神界というものが今度の天意の転換で、昭和三十七年…。明治時代から始まっているんですけども、天皇陛下が人間宣言をしてから、天皇様が人間だと言ったときから、

大きな神社の神様は全部いったん帰られまして、五次元の神様が、ぼーん、帰りまして、もう一度その第六神界という世界という、宇宙にそういう空間が広くなって、広がってきたわけです。

超高文明の世界だと、第六神界というのは。科学も芸術も高度に発達している世界が、第六神界なんですね。太古、そういう時代があったわけです、我々の魂の。



 ~ですから五次元の上ですから、魂の奥の世界に、神様が御魂をつくられたときの記憶が残っているわけです。それ、コンピューターとか、素晴らしい芸術というのは、魂の奥に入っている潜在的な記憶としましてあるわけです。

そういう世界がずっと広くなってきますので、太古にあった超高文明。科学技術も、芸術も、社会も、宗教も、教育も、非常に発達した神様の太古の神霊界にある有様が、この現実世界に移されていくと。

そういう時代に入っているわけです、今は。~中略~ そういう感じで第六神界にお出ましになっていると。そういう時代が来るということです。まあ、来つつあると。



<素の神様とは>

 次元界のお話、さらに続けますと、皆様、何々菩薩、観世音菩薩とかって言いますよね。菩薩というものが、この四次元におきまして、この悟った境地なんです。その菩薩、菩薩が (上に) 行きますと如来の位になる。何々如来。

如来から上が、この神様の世界になるわけです。如来の位に立てば自由に、いかなる形にも方便をたれることができるというのが法華経に出ておりますけれども、このようにその菩薩、如来、神様という、こういう形でひとつの同じ神様でも化身する。

えー、素の神様の系統をお話しているんですけど、観世音菩薩様ってよく言いますね。観音様って言いますよね。ところが観音様も次元界によりまして、ずいぶんお名前が違う。



 いわゆる仏教で、いわゆる観音様っていうのは、通常は観世音菩薩さんなんです。ですからこれは、四次元界に観世音菩薩さんという形があらわれまして、法華経二十五番に出ておりまする観世音菩薩さんはいろいろ化身しまして、

現実界の人たちにあらわれている。現実界、現実にこの観音様はいらっしゃるんですけど、観世音菩薩という形で四次元でお働き。阿弥陀如来様の脇士にいらっしゃって、勢至菩薩、観世音菩薩という形で。

本当はその観音様というのは、最初申しましたように、素の神様直系なんですね。まあ、素の神様といいますのは、最初にチョンがありまして、宇宙ができましたときに「・」(チョン)が出るわけですね。



 ~宇宙はどうしてできたかといいますと、チョンが出たわけです。点というのは、別に質量も絶対量、質量もございませんし、面積も体積もございません。点というのは概念ですから、あるような、ないようなもんなんですね。

この点が繋がりまして線になっていくんですけど、とにかく点だと。同じ点は点でもですね、この物質空間というんじゃなくて、この霊界の、次元界のいろんな次元のもとの点だと。これが無極と言いましたね。

無極の何もないところから、これは要するに絶対極です。無極の絶対次元から最初に「・」が出るわけです、点が。これは質量も物質量も次元界も何もないんですよ。



 ~そこから「○」(丸)が出てきまして。点だと線じゃなくて丸が出てくるんです。これを我々は「・」(点)のときに素の神様と。ですから、植松先生がチョンの神様とか、素の神様というのは、

この「・」(チョン)の神様のことですね、言っておりまして、もし漢字で当てはめるんだったら、この「素」の神と。素の神だと。もう主(す)というのは、エホバの神とかヤーヴェは、「主(しゅ)と精霊の御名においてアーメン」なんて言いますけど、

これは主(ぬし)ということなんですけども、もっと詳しく、チョンから○が出て、マルチョン(○の中心に・点)になるのを漢字一文字で表現すると、「素」であります。



 この「素」は、「主」に「糸」が垂れた合体字であります。それから、マルチョン(○の中心に・点)がお母さんの腹の中の人間の子供の始りの素(○の中心に・点)や、北極星の主宰神となる時の素(○の中心に・点)は、至聖先天老祖と考えていいわけです。

例えばまあ老祖さん、点からこういうふうに老祖っていう形で、丸になります。炁胞[きほう]の形であり、白い卵形をした炁の根源の炁胞[きほう]になるわけです。

生命力とか、炁の根源ですね。それから、その第何次元、何次元という、色が出たり、波動が出たりっていう、波動とか色とかそういうものがない世界です、まだ。波動が出てくる前の世界なんですけど。



 ~ですから、無極からチョンが出てきて、これ、素[ス]の神様。通常、ですから、これを合せまして、点から働きの最初に出てくる、で、丸にチョンとなります。

ですから、丸チョン印、これを「ス」と言うんですけれども、これからいろんな次元界が、素の神様の直系と申しますのは、こういうふうに降りてまいりまして、第六神界では正観音になるのです。

「正」しいという字は、「一」で「止」まると。正しいという漢字を分解しますと、一で止まると書きますね。正しいこととはどういうことかというと、一厘の一と、一番大事な真髄とかポイントに止まっているのが正しいと。



 ~ですから、正しいというものは真髄に常に止まった状態。あるいは一で止まりますので、不動の、一つの一番大事なことでずっと止まっているから、不動の信念とか。

正しいというのは「不動の」とか、「善」とか、「よい」とかの意味ですね。真理の一番大事なところへ止まった状態でいるから正しいという。これ、正観音様、富士山の頂上にいらっしゃいまして、ものすごい大きいです。

富士山より大きいですから。ときどき、ここの御神前に、第六神界の正観音様あらわれますけど、こんなでっかい手がですね、ずぼっと。五次元界では、この聖観音。神様と同じランクであらわれるんですね。第五神界。



 これは浅草の観音様はこれですよ。四万六千日ってございますけど、あの「ほおずき市」。一度参りますと四万六千日行ったのと同じ功徳があると。

私、一度参りましたけれども、富士山のその正観音様、神界のこの非常にスカーッと澄み切った大きな神霊がいらっしゃいます。これは富士山から直接いらっしゃるんですね、あの四万六千日の「ほおずき市」は。

だから四万六千回お参りしたのと同じ功徳がある日ですよというのは、確かにこの御神霊が来ておられました。浅草の観音様は、東京の中では一番やはりランク高いです。
 


 ~それから、まあ、先ほど申しましたように、観世音菩薩というものは四次元であると。ですから直接、ご先祖さんなんかを救うのは、この観世音菩薩さんが救われるんです。

しかしまあ、こういう形で観世音菩薩、聖観音、正観音と言う。これが、もう素の神様の直系の、そのまま素の神様が、宇宙創造神が、肉体を持ってあらわれたお姿がこれなんです。

だからM先生が、観音様、観音様とおっしゃるのは、まさにこれでございまして。仏教で言う四次元、仏教というのは心の世界ですから、仏教で言うところの観音様というとは、もう全部、この観世音菩薩のことなんですね。



 ここで出てくるのは、いろんな三種類の観音様、出てらっしゃいます。ときどき冬なんか、もう、そのお空に立った、お家の上にずーっとでっかいですよ、真っ白なお洋服…お洋服じゃない、観音衣装を召されて。

これは日本の神霊界、日本の神道で申しますと、木花開耶姫[このはなさくやひめ]なんです。富士の神様。木花開耶姫様と申しますのは、ええ、木花開耶姫様、瓊瓊杵尊[にぎぎのみこと]様の奥さんなんですけども、木花開耶姫命と。命[みこと]ですね。

一度、肉体を持ってお出ましになったことがある方は、全部この「命[みこと]」と、何々の命というのがつくんです。この尊いという字の「尊[みこと]」は、人間として生まれてきたことのない御神霊の、形ある御神霊のことを「尊[みこと]」と言うんです。



 ~もっと言いますと、その何々大神と。例えば、伊邪那岐大神と伊邪那美大神というのは、宇宙とか自然界の働きとか現象とか、そういう御神霊のあれなんですけど、

何々大神様と何々大神様の間に生まれたのは、何々大神じゃなくて、何々の尊なんですよ。これ皆さん、基礎事項なんで。その尊が人間に生まれかわりますと、命[みこと]になるわけです。通常、命と言う。

生まれてきたときはこれなんですけど、こういう応化身という、応化身という神、ことがあります。これはどういうことかといいますと、応じて化身した神。菅原道真公が典型的な応化身です。


 
 ~通常、木花開耶姫命の系統を持って人間に生まれてきて、亡くなりますと、やはり四次元界の上のほうへ行くんです。神霊界の五次元には行けないんですけれども、例外はあるんです。

この応化身という場合が例外でございまして、どういうのかと言いますと、天神様。天神様と言いますけども、天神様のフルネームは何かといいますと、天満大自在天神「てんま だいじざい てんじん」と言うんです。

雷ゴロゴロとか、いろんな何万人、六万何千という御眷属を従えておられるんですけど、この天満大自在天神という神霊界のフルネームをお持ちの方が菅原道真公っていう形で、人の姿でもって生まれていらっしゃったわけです。



 例えば、菅原道真公としてお生まれになって、お亡くなりになったと。そうすると、本人も自覚しない場合が多いんですけども、肉体がなくなりましたならば、「僕は本当は天満大自在天神だったんだ」という、これが応化身なんです。

肉体を持っておられるときは人間のようなんですけども、肉体がなくなりますと、元の神様にぱっと返られる。要するに、神様が人間となって生まれてこられた特殊ケースですね。

大体あの、少なくとも天皇陛下とか天皇様というのは、これは全部、天照大御神の応化身だと。天皇の位につく人はね。天皇の位についたら、ばっと、僕は天照大御神という形です。まあ、御魂の系統がそうなんでしょう。



 ~こういうことはあるんですけれども、えー、端的に言いますと、その、木花姫、あるいは木花開耶姫大神とかって言ってもいいです。同じことです。木花開耶姫というのは、ぱっぱっばっと、こうやって、まあ富士山。

富士山にいらっしゃるのはそうなんですけど。これは全部、素の神様と同じ、同じ名前にしてます。じゃあ、ヨーロッパのあのキリスト教とかユダヤ教はどうなんだ。といいますと全部、エホバの神様というのは時の神ですね。

ここも、エホバの神様、お出ましになったことありますけど。



 ~と、ずいぶん長く打ってしまいましたが、第4巻の[転載]はここまでに致します。

もともと薄い本ですが、ここまででも3分の2近くまで打ったのでヘトヘトです。この土曜神業録は本当に話が濃いです。ワールドメイトの教えの土台となっているものですから、当然と言えば当然です。



 ~しかし。それらの神々様や神界天界霊界の実相、各次元界の秘密や様相などは、普通の人間が簡単に把握できるものではなく、やはり植松先生と深見先生に神仕組が託されているからに他なりません。

他の宗教団体や霊能者やスピリチュアリストからでは決して教われない真髄の数々と神法。ひとりでも多くの方がワールドメイトに導かれ、実在する本物の神々様と共に、この神仕組を担う一人となって活躍して頂けるよう願います。

深見先生

【Breakaway - The Bitter Truth [HD]】


 【オマケ】

 前々回の記事に綴った神事『究極の宇宙秘儀「先天の星差し替え」&7大チャクラ開け秘法 [10/22]』も無事に終わりましたね。

神事が終わった後の深見先生のメルマガ凄かったですね。深見先生は6時間ぐらいぶっ通しで祈り続けてお取次ぎしてくださって、そうとう大変だったらしいですが。本当にありがとうございました。


 これ終わってから、私のように敏感な人はハッキリ感じません?木星が引っついた温かい波動みたいの?神社や神様の気とは違う、一定の温かさを持った木星の幸運波動のようなものが、身体のすぐ傍で感じませんか?

なんか~体の周りのオーラに木星の波動が入ったような感じしません?とくに個人は「100年」も木星が引っついてくれる深見先生のメルマガ解説!! 100年なんて先に死ぬやんけと。 (;@Д@) なんてシュールなんだと。



 ~私は左半身、とくに左肩の上、左首筋と左後頭部に、その温かい木星の幸運波動をハッキリと感じます。それは神様や神社の気とは違い、離れずに、ずーっと引っついているのがハッキリ分かります。

1月下旬に熊野本宮大社に参拝した直後、伊勢に向かう運転中でも感じたのが同じ左肩の上、左首筋と左後頭部。そしてこの部分は、先日に三峯神社参拝した夜に御神気を感じた部分です。不思議なことに、右半身はまったく感じません。

なんでか分かりませんが、あの深見先生の熊野の本の解説にあったとおり、霊的なものを司り、神様から降りてくるものを受けるのが左半身ということですから、それと関係しているんだと思います。


 ~今回は神夢も神聴もないんですけど、ちょっと恐いことが続いているので、最後に話しておこうと思います。話せば、離れるかなと。



 この前、起きがけに一瞬だけ視た、ベッドの横にいた白装束の、猛烈な髪の量だった霊?濡れてた感じだったっけな、一瞬だけの部屋全体像だったので、部分的にはあまり覚えてないけど。

長髪なうえに横向きだったので顔も視えなくて女性だか男性だか分からなかったですが、一瞬だけ視ただけなのにずーっと脳裏に残ってまして、シャワー浴びてても、PCやってても、部屋に居ても、やっぱり気になってて薄気味わるかったわけです。

それを2週間以上~我慢して、やっと三峯に参拝に行って祓ってもらえたようだと実感できて安心してたんですが、『究極の宇宙秘儀「先天の星差し替え」&7大チャクラ開け秘法 [10/22]』が終わり、先週に父親の定期診察の為の血液検査へ病院に連れて行った夜、さっそくいきなり金縛りをくらいました(;▼Щ▼)



 ~そして昨日の朝方、起きがけの瞬間にまた視てしまいました。それは部屋の窓から、向こうに見える道路を見ていて、その瞬間、向こうに見えるアパートの駐車場からコチラへ向かって…、う~怖くて寒気と鳥肌が…

それでその駐車場に、小学生が登校時に被るような黄色の帽子を被っていて、薄い青と白のシマシマのシャツを着ていた男の子?成人男性?が、私が見ていたのに気づいたのか、コチラへ向かって猛烈な早歩きで歩いて来る!!

っと同時に、私は一瞬だけその霊の目の前に瞬間移動したんです。「うわ、ヤベっ」と思った瞬間に、また部屋の中に戻ったのですが、その霊がこの部屋の中へ来たのが瞬間に分かった途端に、金縛りをくらったんです。



 ~上手く伝えられないのですが、正確には、どこまでが夢で、どこまでが現実なのかの区別さえ分からないような状態でした。うゎっ!と寝がえりうって解いたんですけど、今までの霊夢霊聴より~1歩くらいレベルアップしたような感じです。

しかし、今までの霊夢で視たような【眼】は視れず、前回の白装束の霊も、【眼】はおろか顔も視れませんでした。まぁ、気持ち悪い映像など視えないほうが良いんですけどね。

今まで体験した霊夢霊聴でも、霊らしきものと直接コンタクトを取り合った、その延長線上で金縛りをくらったのも初めてなので、自分自身ちょっと手間取ってるというか、どうしたら良いか分からないという。



 ~なんだろうってか、ホント勘弁してっと言うか、なんだこれって言うか。…たぶんこれ、チャクラ開けか星差し替えのせいです。神様が、私にとって最も良いふうに見て調節してくださったと思うんですけど、真実は分かりません。だって、いつも教えてくれないだもん。

べつに、実際に起きてる時に幽霊を視たわけでもないし、霊聴が聞こえたわけでもないですが、チャクラ開けでも必要最小限しか申し込んでないのに、なんか奇魂が以前にも増して鋭敏になったみたいで、なんかおかしいんです。

おかしいと言うと悪いみたいな言い方ですが、木星の波動もあって今まで以上に自身の気はすこぶる良いのに、星差し替え&チャクラ開けのせいで…、いや、せいで言うと失礼になっちゃいますけど。これはもう自分では制御できませんし。



 なんだっけな、どなたのYouTubeか忘れましたけど、シークエンスはやともさんだったか、橋本京明さんだったかな?気持ち悪くて怖い姿の霊は視たことないし、実際にいつも霊を視ていれば、霊とは悲しい存在だって言ってんですが…。

これねぇ、人によってケース・バイ・ケースですよ。視える人によっては、やっぱり気持ち悪い姿をしている霊を視れる人もいるし、私がこのまえ視たベッドの脇の白装束のロンゲ霊もそうだし、

昨日視た、その黄色い帽子を被った男の子?成人男性?のような霊だって、なんか悪意に近いものが瞬間に分かったんです。黄色の帽子を深く被っていたので顔全体は視れなかったのですが、口元に薄っすらニヤケ笑いが出ていたような。



 ~しかも小学生のような帽子とシャツなのに、体は成人男性のように大きいんですよ。だから、子供の時に事故かなんかで死んだ小学生の男の子が、もっと生きたかったのにという残念な思いを持ちながらこの世に何十年と浮遊霊のままいて、

その尽きることのない念のせいで、霊体は成人男性のように大きくなってしまったというのが、私が感じた審神です。もうね、思い出して打ってるだけでも鳥肌と怖さが半端ない(;▼Щ▼)

そもそも数年前からそうだけど、望んでもないのに視えたり聴こえたりっていうのも、私の場合はとくに守護神、守護霊が調節してくれてるんだと思っていましたから。



 ~それが、この前の神事(究極の宇宙秘儀「先天の星差し替え」&7大チャクラ開け秘法 [10/22])が終わった直後から、

自身の気や調子は良いのに、霊的に怖い体験を続けてするっていうのが、もうちょっと、ホントに勘弁して欲しいわけです。だから、ソルフェジオ周波数を流してても毎日怖くて、眠りは浅くなるわ、ずっと脳裏に残っているわで (;▼Щ▼)
 


 もともと昔から強度の「HSP」なので眠りが浅い。眠りが浅いので毎日のように夢を良く見る。すると霊夢も見やすいという~この悪循環!!(;▼▼)

さっき打った、土曜神業録の霊夢の話もそうで、この本の記事を作ろうと思ってやってて、長くなったらそこに霊夢の文章が出てきてビックリと。まるで守護神様か守護霊様が、ワザと教えたような。ちょっと上手く言えませんけど。



 ~深見先生は本の中で、どんなに霊視や霊聴などの霊能力があったとしても、それを自由に出したり引っこめたりと使いこなせるようでなくては駄目だと仰っている文章がありましたが、

私から言わせて頂けば『無理無理無理無理無理無理無理ー』と、まるでジョジョの奇妙な冒険です。絶対無理ですよこんなの。そもそも望んでないんですから私は。精神崩壊が先にきますよ私の場合は。

守護神さまや守護霊さまが、どんな神意を持って私に体験させてるのか知りませんが、ホント勘弁してください!(;▼Щ▼)つ もし、救霊師さんがこの記事を読んでくださっていたら、対処法をマジで教えてください!



 ~あらためて言いますが、この前の神事『究極の宇宙秘儀「先天の星差し替え」&7大チャクラ開け秘法 [10/22]』の余韻もまだ残っていて、木星の良い波動も毎日ハッキリ感じていて~身体や気や状態はかなり良いほうなんです。そのうえでの話です。

あ、飛蚊症の酷いレペルが少し増したような気がする。…もう駄目駄目じゃん(;▼Щ▼)


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ワールドメイト会員26年目[平成7年11月17日初救霊&入会]

数霊では【1】は始まり、【7】は変化を表す

★誕生日:1971(昭和46年)/4/25★
(尾崎豊死去、JR福知山線脱線事故(死者107人)、ネパール大地震(死者8964人)、金正恩[脳死報道]、3回目[緊急事態宣言](4/25〜5/11日の17日間(延長)、桜島噴火(AM1時9分~爆発は今年71回目で、観測史上最長の1.8km火砕流)、コロナにより料理の鉄人「神田川俊郎」死去)

※ちなみに聖者サイババの死去は 2011/4/24)

A型 二黒土星 亥 牡牛座 177cm 8●kg(豚?) HSP[ハイリー・センシティブ・パーソン]

┗『5人に1人が敏感な人⇒HSP[ハイリー・センシティブ・パーソン][2020/5/23]

 ★資格:普通自動車一種&二種、古物商、フォークリフト、薬寿師、世界一密教師、土偶神化伝(邪気邪霊や生霊や呪いを跳ね返せる神法)

 ★特技:シンクロニシティ[ユングが提唱した概念で"意味のある偶然の一致"の事]
┗『カール・グスタフ・ユング Wiki』『シンクロニシティ Wiki』『シンクロニシティ検索結果[TOCANA]

 ★これまた偶然にも4/25 乃木坂46 20thシングル発売『シンクロニシティ CD+DVD』(=゚ω゚)

 ★ちなみにTOKIO山口達也の不祥事が一斉に報道されたのも 4/25

私が【死にGO(4/25)】と言うように4/25はなぜか不吉な事柄が多く起きる

( ´∀`)つ愛愛)Д`)グシャ
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