ワールドメイトブログ ワールドメイト 和魂

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   ▼━【NEWBLOG更新情報&短い小言コーナー [7/25]】(スクロール仕様)━▼

     [7/25] スタッフの方がわざわざ電話をくださり、ずっと引っかかっていたワールドメイトの紹介についての回答を頂きました。御迷惑お掛けして申し訳ありませんでした。「2月のオンライン神業の記事」および「先祖供養の記事」は削除し、「大救霊と先祖供養のホワイトボードの画像」、その他の記事やパンフ部分も削除しました。

     [7/16] ようやくワクチン接種の案内が届いたけど、全身蕁麻疹をやったり、花粉症のアレルギーがあったり、肥満があったりと、副反応が怖くて予約の電話を入れられない (;▼▼) ちなみに私の父親は、2回のワクチン接種をとっくに完了していて、副反応などまったく出ずに 今でもピンピン元気です。〜日本製のワクチンができるまで辛抱しようかなと…

     [7/12] さっそく今年は早めに、お盆の大救霊と先祖供養の申込完了!! クヌム神と大山聖母マリアのマスコットはもらったぁ!! ~電話受付のお姉さんと『私がこうやって ワールドメイトの催し物をブログで紹介するのは大丈夫なのか?』って少し話したのだけど、明確な回答はもらえなかったです。

    会員でしか受けられないものがほとんどだけど、支部やエリア本部に行けば 救霊を受けに来た非会員の人とかも自由にパンフレットを見れるのだから、たぶん大丈夫だろうって思ってます。

     ~また私が視た、右手が青い粒子になって虹色の珠が浮かんでて、深見先生が出てきた神夢。あれは神様が、私がこうやって記事を作っているのを分かっていて、労ってくれた神夢だと解釈してるので、やっぱり大丈夫だろうと。もし、総本部やエリア本部から電話が来て注意されたら、該当記事はきちんと削除します!

     [7/4] ここ最近てか、しばらく神夢神聴も無いなぁと思っていたら、フッと閃いた。真面目に神様の記事を作っている時は起きないで、怠けていると起きるんじゃないかと? 『役目を果たせ』みたいな意味で。

     ~そういえば ここ数か月、神様の記事ばかりだなと。スマホは日常で使う必要なものだし、長続きしないからゲームもやってないし、エ❤動画も見てないし (笑) …やっぱり気のせいかな?まぁ、どっちでもいいや。どうせ すぐ忘れるんだし (笑)

     [6/23] さっそく『ディアブロ II リザレクテッド』を買ってしまいました!! もちろん「先行ベータアクセス権」も付属ですが、まだインストールすらできません。遊べるのは 8月だって。ちと気が早かったような…(;▼▼)ゞ

     [6/21] いま分かった!! 私が神夢で視た、右手が青い粒子になっていて、掌の上に虹色の珠が浮かんでたやつ。あの珠は潮満の珠だって! しっかし不思議だよなぁ。普段なんて微塵も思わないのに、なんであの時、熊野本宮大社に行こうと思ったんだろう?

     [5/28] ようやく新しい記事『ワールドメイト 神事の歴史 1984~2000年上半期』』が完成しました! …なんか、まだ足りない。豆木の記事を作れって「国常立大神」様がおっしゃってる気がする。

    ~で、さっそく『節分大祭「豆木祈願」』の記事を作ってしまった!

     [5/4] ゴールデンウィーク「鳴門神業」~昨日、すべての神事に申し込んでから、オンライン流しっぱなしです。深見先生が視たアマビエのメルマガ読んでビックリ!!『濡れた長髪と白装束の溺死した女性の霊みたいのが~』って話です。

     私が先に視たのと全部シンクロしててビックリ!!『WIN「神夢神聴」「霊夢霊聴」体験談まとめ【随時更新】』 ~もしかして私が視たのって… !!(☆Д☆) だから菊理姫様の眼が水流でグルグル回ってる神夢も視… キャァアアアアアくぁwせdrftgyふじこlp

     [4/25] あらら、誕生日の【AM1時9分】に桜島噴火で1.8km火砕流。爆発は今年【71】回目!! (;▼▼) 私は【1971】年生まれ。恐ろしや数字のシンクロニシティ。

     [4/24] 私の誕生日[4/25]から【17】日間の緊急事態宣言で、経済損失は【7】000億円。しかも来月の【11】日まで。そして「IOC バッハ会長」の来日は【17】日。 〜またまた【1】【7】のシンクロニシティが発動してますねぇ (;▼▼)

     [4/15] NEW記事『WIN「神夢神聴」「霊夢霊聴」体験談まとめ【随時更新】

【THE UNGUIDED - Phoenix Down】

◆3密を避けて生活を!!◆

【Tonight Alive - The Edge】

◆なんとしてでも生き残れ!!◆

『ワールドメイト深見東州の土曜神業録 [11/4]』

 私も7冊くらい持ってますが、この講演録は深見先生が33歳のころ、毎週行っていた「土曜神業」の講演をまとめたものです。この第1巻の各章からそれぞれ[転載]して紹介致します。

~はじめに~ 当時、深見先生は毎週土曜の夜に、少数の人々を集めた御神業を行っておられました。その神業の場に、一人また一人と集まってきたのが、現在のワールドメイトの活動や組織の基盤となったのです。



 そしてこの「土曜神業」こそが、現在の幹部である西谷先生、七澤先生、荻原先生、田宮先生、根岸先生などのご神業の基礎を作る糧となったものであります。

そもそも御神業とはどういうものか、神様や御魂はどういうものなのか…と、真剣に求めてきた方々に、噛んで含めるように紐解かれた話ですので、その中には御神業の基礎がすべて含まれています。
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 時には真剣に、そして時には大爆笑のうちに講演は進み、最後には御神霊が降臨され、感動のうちにその一夜が終わる…。そんな素晴らしい御神業が、毎週くり広げられていたのです。

またその内容は、驚くほど広い知識と深い咀嚼力に満ちており、そこに33歳の深見先生の若さとパワーと、すがすがしき御神気が溢れています。私たちが御神業を基礎から学んでいくには、この「土曜神業録」はまさに格好のテキストであると言えるでしょう。

はじめて御神業に来られた方々にも分かりやすく、しかも深い内容なので、エンゼル会の方や御神業を深く学びたい方にとっては、待望の御神業材料になるでしょう。



 ~なお、編集にあたっては、深見先生の話し言葉を、可能な限り変えることなく再現することを心掛けました。それは、御神霊と一体になって話されている深見先生の言霊を、第三者が文章に直したりすると、違う言霊の波長が入り、深見先生の言霊に宿る波動や御神気を損ねてしまうからです。

若干読みづらい点はあるかもしれませんが、文章を順に追っていくと、その時の深見先生の言霊、波動、御神気がすべて身体に入ってきて、全身がポカポカと温かくなってきます。

御魂の恩頼[ふゆ](栄養分)を頂くには、この形がもっとも適しているので、あえて手を加えず、そのまま出版することになったものです。



 ~読み進むうちにいつの間にか没頭し、あたかも深見先生の土曜神業を、その場でリアルタイムで聴き入っているかのような感覚になるでしょう。

あらゆる意味で、御神業の基礎を学ぶのに最適のテキストであります。ぜひ、繰り返し精読されることを願っております。



 【第一章 守護霊とお話するには 昭和59年8月18日】

 ~中略~ それで、私が大学の三年生くらいですか、こういうかたちでいろいろと神様のこと、霊体験も積んでおりました時に、毎日毎日、朝も昼も夜もおトイレに入った時も神様に拝みっぱなしでして。

自分のことだけじゃなくて、何か一つの仕事、一つの仕事に関していつもいつも、神様、こういうふうに素晴らしくなりますようにと、相手もみんなもよしという気持ちでお願いして、

パッと出来るときと、そうじゃない我力でやったときと、随分それはもう違っておりまして、そういう体験はもう、かなり積んでおりましたので。



 ~それで大学の確か、三年の春か秋か忘れましたけど、うしろの百太郎ですか、あれが出たときだったんですね。それで、『へー、そういうもんなのかな』というんで、

『守護霊さまなんているのかー、そうかー』と思って、まあ、守護神、守護霊のことは勉強していたんですけど、じゃ、僕の守護霊さんてどういう人なんだろうかと。今の私みたいに見てくれる人もいませんから。

それで神様に何でもお願いしまして、あるとき、僕が布団でね、寝まして、神様にね、あんまり霊的能力というものがありすぎますと、変な道に入ってしまうから、



 ~本当に世のため人のためになるような必要最小限の霊能力でいいわけですよ。ありすぎますと霊能力というものに頼りますから、人としての最大限の努力をやらなくなりますので、

霊的能力は、なにかが見せたり聞かせたりしてるわけですから、それがなくなりますと、なくなった後の人生ってのは、自分自身の魂のしっかり歩んできた岐路じゃない、

道じゃないわけですから、ついてるものがなくなりますと何も残らないわけですね。だから人としての精一杯の努力と体験を積まないで霊能力に頼りますと、かえってその能力は魔の働きです。



 正しい能力というのは、人の努力と、人としてのあるべき道というものをリードしていって、必要最小限っていうのが正しいんです。だから、人を幸せにするための、必要最小限の霊能力でいいわけなんですけども。

そういう気持ちがずっとあったもんだから、そういうものについて、お願いするということに対して抵抗があったわけですよね。自分でそういうものに興味を持つということは、そういう変な道に入ってしまうと困るから。

でも、まあ、ものは試しだと、神様にこうお願いしたんですよ。



 ~『神様、宇宙創造の神様と、私を守ってる神様、ありがとうございます。

どうぞ私を守っている方が、顔をもし見せていただいてお姿というものを見せていただいて、どういう方なのか見せていただくことによってプラスだと、あなたがそう判断するなら見せて下さい。

こんなことお願いして、おまえは変なことに興味をもちやがってと思うんだったら見せなくて結構です。でも本当言えばどういう顔か、守っているんだったら見たいなという気持ちもあるんですけれども、


 ま、この祈りがもし間違ってるっていうんだったら聞かなくていいですよ。聞かなくていいですけど本心はそうなんですねー』と言って僕が真剣に今のようなかたちで、抵抗感がありましたから、お願いしたわけですよ。 

これ、間違ってるか間違っていないかわかんないからね、神様にご無礼があっちゃいけないと思って恐る恐るお願いしたんですよ。



 ~そうしましたところ、一度お願いしたその瞬間ですよ、びっくりしましてね、全部、ズラズラズラズラッと見えたんですよね。これからお願いするのが間違ってるんだったら見せないでいいと、

ちんともかんとも反応なしで結構ですっと、私ももう、くだらないことはやめますと、もし正しいんだったら見せてくださいっていうかたちで見えたから、

それはやっぱりあってたわけですね。素直にお願いしたんですよ。それ見えて、プラスになるんだったら見せてくださいと。



 そうしましたところ、僕が見えたのはこういうふうな感じで、侍ね、顔が水色でした。それでね、いろんな洋服、こういうのを着てみたり、民族衣装を着てみたり、お公家さんのような衣冠束帯[いかんそくたい]を着てみたり、

それから十二単[じゅうにひとえ]を着てみたり、霊がたて重なりになって、ズラズラズラズラーッと、一列に並んでるんです。こう直列して。

全員整列ってあるでしょ、ああいうかたちで縦一列にズラズラズラズラズラズラと並んで、いろんなカラフルなね、赤とか黄色とか、この人はブルーでしたけど。



 ~ありとあらゆる日本のね、男性用、女性用の民族衣装っていうんですかね、衣冠束帯[いかんそくたい]から羽織袴[はおりはかま]からね、着流しから、まあスーツはなかったですけれども、ズラズラズラズラズラズラと見えました。

そのうちの一つに、神経質そうな顔の、後で見たらあの、織田信長の神経質そうな顔の肖像画があるでしょ、あれによく似た武士なんです。武士なんだけどなんかおでこが広くて、織田信長にそっくりですよ。

織田信長みたいに神経質そうな顔をしてるのが二番目か三番目ぐらいにあって、で、水色の顔の人がワーッといて、ぞれが見えたんですね、瞬間に。びっくりして。



 ~25歳になったら素晴らしい守護霊さんと交代することになってますからって、そのとき、瞬間に胸の奥で声が聞こえたんですよね。フーッとそう思った。

25歳になったら素晴らしい、想像もつかないような守護霊さんがつくんだよと。それが僕が23歳の時です。確かにね、それでびっくりしちゃって僕も。それがお願いした一度だけだったんですけれども、見ましたね。

それまでも毎日のように夢を見てまして、それがもう全部、百発百中当たるんです。毎日それで見るから、毎日当たったと。23歳くらいですね、ちょうど僕が。25歳で御神業に来ましたから、ここへね。

九頭龍師

 ~中略~ 自分自身でやっぱり一つ、話かけたほうがいいんじゃないかと思うんですね。そういうかたちでやるのがやはりいいですね。寝るときに。

それで、もしこれを聞いてくださるんだったら私はこういうことをしたい。ああいうことをしたいと、具体的に何か、世のため人のためになるような…

お掃除するとか、一週間洗い物しますから見せてくださいとか、教えてくださいっていう方法でお願いしますと、顔が見えるとか、何かビシッと感じたとか、やっぱりそういう体験があると思うんですよね。



 ~それから、一身上のことね。出版するとか、結婚するとか、引っ越しするとか、自分自身に関するはもう、産土の神様、守護神、守護霊さんはお父さんの如く。

どなたでもいいんですけど、非常に甘えん坊してね。どうぞ甘えなさいと。何でも聞いてあげるから甘えなさいという方ですから、どんどん甘えちゃっていいわけですね。

追及していきますと、いくらでも答えてくださるのがこういう方なんですよね。全然、こちらのほうが何にも思わなかったら、それだけで終わっちゃうと。



 ~これが自然の法則なんですよね。人生が三倍にも五倍にも十倍にも大きく、やっぱり少しでもよくなってほしいと思ってますから、守ってる方は。

そういうふうになさったら素晴らしくなると思いますね。



 ━【オマケ】━

 これを真似して私がやった結果が、網膜剥離になる少し前に、寝起き掛けに瞬間に見た【眼】のアップでした。紫の雲みたいなのが周りにかかっていて、その中に【眼】がアッブでドンて見えてウワワワワと。

それから少し経って、誕生日の翌日に右眼の網膜剥離が発覚、ゴールデンウイーク明けに入院して、手術となったことは過去記事で延べております。

あれが予知の映像だったのか、守護霊様が教えてくれたのかは分かりませんけど、衝撃的な体験のひとつとして、まだ鮮明に覚えています!(;▼▼)ゞ

九頭龍師

 【第ニ章 神は身の内にあり 昭和59年8月18日】

 えー、パート2。今日、出ておりますのは、「神は身の内にあり」。本日のテーマはこれであります。


 ~中略~ 植松先生が以前、あるお知り合いの方がいらっしゃいまして、その方が『神様の前ではこういうふうにするのよ。朝十時からこういうふうにするのよ。朝の十時と夕方の六時がね、神様と交流するのに一番いいお時間なんですよ』と言われたそうです。

ところが、朝の十時っていいますとご主人がお勤めに出まして、お掃除とかお洗濯とか、それからお昼ご飯の準備とか、お片づけもので一番主婦にとって忙しい時間でございまして、バタバタバタバタと忙しい。

夕方の六時っていいますと、ご飯のお支度で忙しいと。なんで神様にこういうかたちでやらなきゃいけないの。お参りしなきゃいけないのはわかってても、そういう時間でなんでやるんだろうと思って、



 植松先生が非常に激しく煮詰まりまして、煮詰まって煮詰まって煮詰まりまして、神様にそういう質問を投げかけたわけですね。そしたら、御神前から『神は身の内にあり』という、これが一言ポツンと。

瞬間にこの言葉の裏にあるものを受け取られまして、一週間ほどポーッと、ポーッていいましても気分はフワフワしまして、神様に直接、御魂[みたま]返しをされてね。

潜在意識、御魂の部分がパッと開いたと思うんですね。この「神は身の内にあり」と申しますのは、これも右からも左からも何種類も何十種類もお話が出来ると思うんですけども、簡単であればあるほど解釈というものは無尽蔵に出来るわけでございます。



 ~えー、守護神、守護霊の話が先程ございましたけれど、「神は身の内にあり」ということで一番簡単に言いますと、自分自身の中の神様の部分、御魂ですね。

御魂[みたま]というものが身の内にあるんだよと。だから、よそ様の宗門宗派の教祖さまに降りた仏様とかそういうふうなものを一生懸命拝んで拝んでいかなくても、

自分自身の中に自分自身の神様がいるじゃないかと。まあ、守護神、守護霊もありますけど、この場合はその人の御本霊ですね。



 『僕はなんで考えるんだろう。なんで考えているという僕がいるんだろう』というふうに考えているところのその人ですね。

それが、その人の肉体から感性から、あらゆるものを司っているわけでして、その御魂というものは身の内にあるんだよと。「神は身の内にあり」と。

自分自身の身の内にある神様、自分自身にある神様がいるじゃないかと。それは別に、十時であろうと六時であろうと、礼拝する場所も関係ないと。自分自身が動く神社じゃないかと。



 ~これは以前にもお話したように、言霊で申しますと人というのは霊止[ひと]であると。この霊っていうのは、霊障とかそういう霊じゃなくて目に見えない魂、神様の神気。

こういう御魂が、霊が止[とど]まっているから人なんだよと。神様と人との間[あいだ]に、間[ま]が出来てるのが人間だと。これを日本の神道で申しますと、鎌倉時代の渡会[わたらい]家行の渡会神道の中にもあるんですけれども、

これは昔からの神道の思想にあるんですけれど、人間は神様の分魂を持っているんだと。これはもう、神道の基本的な考え方ですね。肉体があるんですけど、その肉体の中に神様の分魂を宿していると。



 ~前にも言いましたように、キリスト教では、イエスは神の子であると。イエスは神様から選ばれた神の子であるというわけですね。神の子というふうに言われているんですけど、神の宮[みや]とは言われてこなかった。

いわば、神の宮[みや]ということですね、この「神は身の内にあり」ということは。「人は祖に基づき、祖は神に基づき」と。人間はご先祖さんから生まれて来ているんだ、ご先祖さんは神様から生まれているんだというので、

人は祖に基づき、祖は神に基づきというんですね。ですから日本人は昔からご先祖さんを大切にする。ご先祖さんのご先祖さんは神様なんだと。神様は、ご先祖さんの延長線上にあるんだと。これが先ほど申しあげたような氏神思想ですね。



 ~中略~ 日本の神道の場合は、今言ったような形で、神の子だという思想が昔からあるわけですね。それと同時に神の宮だと、神様の分魂を宿していると。

だから、素直に素朴とやると、自分自身の内部に神の分霊分魂を持っているので、神様と一体となっている。これを神人合一[しんじんごういつ]といってるわけです。

そして、自分の御魂様ってのありますね。ここで御魂返ししまして、自分の分霊分魂、神様の御魂というものがパッと御魂返しで開きますと、天界にいる御本霊の御魂がウワーッと来るわけです。



 ~これは守護神、守護霊ではありません、守護している神様とか御先祖さんじゃなくて、天界の自分自身の中にある神様のもとの神様ですね。

この方が、ワーッとこう一体となるわけです。自分自身のもとになる神様と一体となる。これを神道では「みこともち」って言うんです。



 ですから、真にここで出ている神人合一[しんじんごういつ]は、守護神、守護霊に導かれていますけれど、導かれているのはあくまでも導かれているわけであって、

本当の自分というものに目覚めてパッと開いたときに、天界の御本霊と合体するわけです。ですから時々来ますね、その人の御魂がフワーッと開いたいいお花の香りとかね。オリーブの香りが来たりしますよね。フワーッと、御魂の匂いですね。

そうしますと天界には、分霊分魂ですから、もとの御魂がいるわけです。大神霊が。ものすごくでっかい大神霊がいらっしゃるわけですよ。



 ~天照大御神様って言いましても、あの太陽の大きさは地球のね、何十倍ですか、何百倍ですか、あれが全部そうなんですから。天照大御神様の御魂を受けておられますねなんて言いましても、あれだけの大きな太陽がズボッと来たら火傷しますので。

分霊って言ってもね、三次元じゃないですから、大きい小さいは伸縮自在でございますけれども、たとえていうなれば、それだけ大神霊っていうのは大きいわけですよ。

その大神霊が、わーっと来た場合というものは、文字や言葉を乗り越えまして、これはもう本当に感激するもんですね。身の内の神と、こういう形で一体となってきたら、人か神か、神か人かもうわからないと。



 ~神様か人間か、人間か神様かって、こういう形でその人と同じ姿となっている。人間は人間なんですけど、もうその御神霊と一つにこうなって、神様か人間か、人間か神様かもうわからないと。

そういうふうになるのが本当なんですよね。で、その人の御魂、「神は身の内にあり」というその御魂、分霊分魂のその人の御魂とはどういうものなのかということで、植松先生が神様に聞きました。

 『御魂とはどういうもんですか』と。『御魂とは見たままだよ』と。『姿とはスの型だよ』と。こういうふうに教えられたんですね。



 どういうことかと言いますと、その人の御魂は、いい御魂か悪い御魂か、どういう御魂かと思えば、見たままですと。

本当に清々しい、美しい顔をしてて、何とも言えないような高貴な方のは、高貴な御魂なんだと。一見なんの変哲もないんだけども、どこか神秘的な何かがあるなっていう感じは、どこか神秘的なものがある御魂なんですね。

そして最終的に、その御魂がフワーッと割れて、天界からすごい御本霊がいらっしゃって、本当の神様と一体となったら、本当にその人の最高の美しい姿になります。



 ~こういうことを言ってると思うんですよね、御魂とは見たままだよと。姿というのはスの型だよと。その人の中にスがあるんです。まあ、この主[しゅ]ということも主[す]でございますし、もっともこのスというものは、いずれもっと詳しくお話しますけどね。

えー、その人の中の一番高貴な部分のスの部分というものは、姿ですよと。大きながっちりしたような形で自然に備わった威厳というのは、その人のスの型を表してる姿ですよと。

御魂とは見たまま、姿とはスの型ですよっていう、これが植松先生が神様から教えられた大事な、ここでよく出てくるタームですね。御魂とは見たまま、姿とはスの型だと。



 ~中略~ そのように、太古は人間の体がまさに御神体であったわけです。神様と一体、神人一体の時代だったわけですね。~中略~ 分別の知恵を、人間が発達することによりまして、

神様と人間が直接にあった時代から、こう離れてきたわけです。人間というものと、神様というものが離れたわけですね。それで神様が離れたので、最初に出てきましたのが神籬[ひもろぎ]、磐境[いわさか]。

これがストーンサークルとか、ストーンヘンジと言われるものでして。~中略~ この神籬[ひもろぎ]とか磐境[いわさか]というものが出てくる前は、お山自体に神様がいらっしゃると。



 ~一番古い形ですね。お山に神様がいらっしゃって、この神籬[ひもろぎ]や磐境[いわさか]の所に、お降りになると。神様がお懸かりになる場所だったわけですね。

もっと前は、この地上が清らかでございまして、人間ももっと清らかでしたが、人間というふうな感覚もなかったので、神と人とが一体となりまして、

離れましてから、御神霊に来ていただくために、神籬[ひもろぎ]や磐境[いわさか]というものを作りまして、神社ができてきた。こういうプロセスがあったわけですね。



 そして、このたびの御神業では、また一番太古の形へこう戻していく。磐境[いわさか]も要らない。それから伽藍[がらん]には降りない。

そういうふうなものには神気は宿ってますけども、本来の人間と神様が一体となって神人合一、神人合一、自分自身の御魂がありまして、本当のその人の神様がいらっしゃると。

これが神人合一の一番太古に、最も太古にあった形がこれだと。太古の初発のパターンがこれなんですね。



 ~そして、分別の知恵とか、人間的な観念とか、頭、頭脳、こういうものが発達しましたので、感性の奥にある御魂の世界と分離し始めたわけですね。

 ~中略(この後からさらに禅宗、朱子学、陽明学、知行合一、天の法則、事上練磨、老子と話は膨らんでいき凄まじい話に。あまりに長く凄まじい流れになったので、ここでは控えます)~




 ~それで、神様の上の頂点ていうのは、天の道、人の道、地の道、全部貫いてるのが本当の道ですから。『神様から見たら立派かも知れないけど、人の道はちょっとね』と、これは本来のものじゃないわけです、これからの時代は。

あまり変な行者さんとか、ちょっと一風変わり過ぎてて社会人として変だと、そういうのは本当の神様の世界でも、ちょっと変なものが憑いてるわけですね。

高級神霊と一体となっておりましたら、どんな人から見ても素晴らしいなという人でなければならない。



 ~という事で、「神は身の内にあり」というお話を、いろんな角度で今日は見てみました。

「只今に生きる」「自然は神なり」「素朴で素直が神一里」、それと同じく大切な「神は身の内にあり」というお話でございました。

どうも。(拍手)



 【第三章 神霊と一つになる方法 昭和59年10月13日】

 今日は「神霊と一つになる方法」。興味のある分野ではなかろうかと思います。いかがですか、皆さん。神霊と一つになれる方法。

西谷先生『いいですねえ』

いいですか。それでは神霊と一つになる方法というので、お話したいと思います。



 ~前にも申し上げましたように、修行方法には2種類あると。大きく分けて「後天の行」と、「先天の行」があるとお話しました。言いましたね。

「後天の行」とはどうなのかというと、ヨガとか、山伏さんとか、座禅もそうなんですね。後天的な肉体とか、とにかく一つひとつテクニックを勉強していきまして、上に上がっていって、主に潜在意識を朦朧とさせると。

もう呪文呪文呪文で、瞑想法なんていうのは、こう自分の方から神様に近づいていく。~「先天の行」とはどういうものかといいますと、自分をなくすと。
 


 ~中略~ お話は長くなりましたけど、老子のこの言葉にあるように、すべて後天的なそういうものを無為にして、人為的なものがなくなったときに、本来のものが、元々あるものが出てくる。

本来、神様と人というものは、一つになってたもんなんですよ、本来は。それが太古から再生転生を繰り返しまして、人間の知恵、こういうものが出てくるようになってから、神様と人とが離れてきたわけですね。

太古は神様と一つ、神人一体となってたわけです。神霊と一つになる方法というと、太古の自分に戻ればいいんですね、もとは神様と一つだったわけですよ。



 まあそういうふうに成っていくのが、人為的なものをなくしていくと。「先天の行」と言いますのは、人為的なものをなくしていくと。

人為的な行をするとか、行力を得るとか、霊能を得るとか、そういうふうなものに自分で努力していって、プラクティスを積み重ねていきまして上がっていくというんじゃなくて、

『老子』であるような人為的なものをなくすことによって、もともとあるものが出てくると。もともと一つであるべき神様がいらっしゃると。



 ~そうすると、神様の方からいらっしゃると。そういうふうな本当の人になりなさいよということなんですよね。

前にも言いましたように、天理教の中山みきさん、大本教の出口ナオさん、ジャンヌ・ダルク、フランスの。べつに滝に打たれたわけでも、瞑想したわけでもありません。

なのにあれだけの人になったというのは、非常に親孝行だったんですね、出口ナオも、中山みきも。素朴で素直で親孝行でした。



 ~あるとき神様が『中山みきよ』と来たわけです。『我こそは天理王命なり』と。あるときに『艮の金神なり』と出口ナオに言った。ジャンヌ・ダルクに『我こそは』とエンゼルが来まして、『フランスを救え』と。

13歳のフランスの田舎の女の子に、神様がいらっしゃったわけですよ、神様の方から。純粋で、人為的なものというのがなくて、素朴で素直な、人として素晴らしいと。

前にも言いましたように、『心だに誠の道にかないなば、祈らずとても神や守らん』と菅原道真公の御歌にありますように、心こそ誠の道、本来の人の道にかなっていれば、お祈りしなくても神様の方から守りますよと。



 『心だに誠の道にかないなば、祈らずとても神や守らん』と、御神霊と一つになる方法ですけど、心だに誠の道にかなっていたら、お祈りしなくても神様が来ますよというのが、この「先天の行」のことを言っておられる。

そのように、後天と先天の行があるわけですけれども、後天の行と言いますのは、どうしても行力、行力ということで行者界に入ります。じゃあ、後天の行というものは、どこがどういうふうに霊的に問題があるのかと。



 ~A宗さんなんか、『いまだかつて聖者で瞑想をしなかった人はいない』なんて言いましてね、瞑想を勧めるんですよ。確かに瞑想も、後天の瞑想と先天の瞑想があるんですよ、もっと詳しく言いますと。先天の瞑想に関してはまたお話しますけれども。

瞑想がどこが問題かと言いますと、要するに想念をなくすわけですね。念をなくす。念て言いますのはどういうことかと言いますと、今の心です。今の心、念。

瞑想というのは、禅宗も瞑想のうちの一つなんですけど、「無」を思うと。『考えないということはどういうことか』を考える。『考えないということはどういうことか』を考えているわけでしょう、無になるということは。



 ~今の心が念ですから、この念が出ないように瞑想するわけです。そのためには、呼吸法を整えてみたり、いろいろするんですけど。そして想念が無の状態と言いますけれども、想念が無という、要するに思わないという「無」ですね。

これは怖いんです。『それは無の状態だ』なんていって、すごくいいような感じがしますけれども、そうではないと。山で瞑想するとか、滝に打たれて瞑想するとか……滝に打たれますと、強い水の水圧が来ますので、脳が朦朧とするんです。

滝に打たれたら、朦朧としちゃって。それから綺麗な女の子が歩いているわけでもなく、車がブーブー来ることもなく、気が散らないと。滝の音がザーっと流れますから、その音に集中してるんですよ。



 滝の音に集中して体打たれますから、必死でそれに耐えてるということですから、あんまり雑念妄想がね、『今日は山で木の実を採って、どういう料理をしようか』なんていうことは、

滝に打たれた時は寒いし、水圧がありますから考えてる余地がないと。顕在意識が朦朧としちゃうんで、頭打たれるからボーッと。潜在意識を出すんじゃなくて、顕在意識をつぶしちゃうんですよね。

ですから無の状態というものは、想念がない、顕在意識が無というふうにしますので、潜在意識が出るように思うんですけど、無の状態と言いますのは、山で籠っておりますと、山で死んだ霊がいます。行者霊ですね。



 ~山で亡くなった浮遊霊がいます。山のキツネさんがいますし、そこで修行してた人が、例えばどこかの山でキツネやタヌキを憑けて来まして、そこでワーッと修行するときに、そこで落としてって、清々しくなったと帰って行ったと。

その滝壺には、前に来た行者さんが、蛇とかタヌキとかいっぱい置いてるわけです。で、無の状態でやってますから。顕在意識が朦朧としてますので、いくらでも入ってくるわけですね。

そして、滝の修行や断食修行しますと、御本霊の魂の力が弱くなりますから、私が香港でやられましたように、体調がもうふらふらふらして、お腹に力入んないと。



 ~守護神さん、神様と、お祈りする気力も出ないと。神様というお祈りもできなくなっちゃうわけです。そうすると霊障とか動物霊が、とくに人霊とか動物霊がワッとその御魂に乗り移るんです。

これが断食修行の効用ですよ。余程強い精神を持ちましてやっていって、その中から死中 活を得て……、まあ、イエス・キリストは40日間の断食っていうふうに言われておりますけれども。

ほとんどの場合は体力が弱くなりまして、守護神、守護霊、御本霊がピーッと張った神様との神籬が、くにゃくにゃとなりますので、動物霊、邪気がワッと入っちゃうわけですよ。

九頭龍師
 
 で、お山から降りてきますと、すごい霊眼が開けましたと。神のお告げが聞こえますとかね。山中で荒修行して、それから行力を得たなんていう人は、ほとんど無の状態ですから、邪霊さんいらっしゃいと。

仏様も来るでしょう。無の状態であるときは無ですから、何でも来ますよ。いいものも来れば、悪いものも来ますよ。

ほとんどの場合は、そういうものの混合ミックス体でいるわけでございまして、それでまあ『御神霊と一つになっている』と山の行者は思うわけですよね。



 ~ヨガの行者はどうかと言いますと、瞑想に次ぐ瞑想ですから、潜在意識の中を自分自身でクルクルクルクル、チャクラに集中するわけですよ、これが何とかチャクラで、何とかチャクラで…って言いまして、四次元の霊的なエネルギーのポイント。

ですから自分自身、常にチャクラを見てますから、想念の世界はずいぶん変な世界に入っちゃってるわけです。ですから、瞑想してる人に会いますと異次元の空間にね…、

前にも言いましたよね、あの何とかって髭の生えた人。音楽やってても何か腑が抜けちゃってる。タ~ラ~って、何かどこか『天のメロディが通過して行った』というだけで、主体的なその人の、魂の輝きってないわけですよ。



 ~なんかそこを通過して消えていったと。まあ通過したのはキャッチできますけど。本人の潜在能力、御魂の世界、次元が高い世界にも内在してるんですけど、そうじゃなくって、瞑想、想念の奥の世界、四次元の世界ですよね、心の世界。

さっき言いましたように、感性の世界が御魂の世界。心の世界が四次元。肉体の世界が三次元て言いましたけど、想念がない状態ですから、四次元界を空白にしてるわけですから、いろんなものが入ってくるわけです。四次元界の邪気が。

ですから、神霊と一つになるためにはどうしたらいいかと言いますと、先程の先天の行で言いましたところの、あの中山みきさんとかジャンヌ・ダルクさんのように、ごく普通の生活をしている。

九頭龍師

 高級神霊に神懸かる一つの条件は、人の道というものにおきましては真であり、神の道におきまして真でありまして、真実を行っている姿というのは善なんです。

宇宙の真理、天地の本当の法則というものを行っている姿が善です。真というものを行えば善です。真実を行えば善です。まあ、善というものは前に言いましたように、『陰隲録[いんしつろく]』では、人に益することをするのが善と。

人に益しないことをするのが悪というふうに『陰隲録[いんしつろく]』では書かれておりましたけど、あの袁了凡[えんりょうぼん]の話の時、ちょっとお話しましたけど、人に益するのが善だと。いろいろ定義ございますけど。



 ~中略~ 出口王仁三郎も、本田親徳という明治初めの、神功皇后、それから竹内宿禰の神法ですか、鎮魂帰神の神法を得た人の勉強をしております。いろんなものを勉強して、集大成しておりますね。

これは生長の家のオリジナルでございませんけれども、『神様の力徳が至った所が善で、至らなかった所が悪だ』と定義しておりますけど、これは本来は、神様の真実というものを、

まあいろんな意味の真がございますが、真を行うのが善と。善の姿が美であると。高級神霊っていうのは、これ3つ揃っているわけです。



 ~ですから、前にある人がいらっしゃって、

『私はいろいろ霊能者を見たんですけども、誰一人見ても、あまり清々しい綺麗な顔してする霊能者とか除霊する人って見たことない。みんな目がこうだったり、こうなって引きつってたり、どろっとした目だとか。

あまり美しい姿の人で、目が綺麗な人で除霊する霊能者、見たことない。だから私は変だと思ってたんです』と。御魂でわかってるわけですね、美がないんですよね。



 『これが宇宙の真実だ』ってやってても、やってる行いが善かどうかという。ま、この善悪というものは、神様から見た善と、人の目から見た善は違います、同じ面もありますけど。

大悪は大善の如しと。大きな悪は、大きな善に見えると。とにかく、真善美というものが揃っていないと、これは高級神霊とは言えないわけですね。

ですからまあ人の生活をしておりまして、それから善を行っておりまして、そこに芸術的な美の感覚がなければ、本当の高級神霊は…。



 ~中略(論語の孔子の話は省きます)~ 孔子さんは、この礼が出来て初めて、この人間社会の中で教養というものが確立するんだよと。これが出来ない人はまさに教養がないですよ。

『礼儀を失するから、あいつは教養がない』と。この御神業でも、社会常識とか礼のない人間は、いくら素質があったとしてみても行き詰まりだと。高級神霊と接霊できないからなんですよね。

神様拝んでても、やってましても、真善美がないから、行き詰るわけです。ですから、礼儀のない人間っていうのは最終的には行き詰まっちゃうから、こちらの方からお断り。もう限界がありますと。同じことですね。



 ~中略~ ですから調和。美しい美を作るために調和をしていこう。出過ぎないで、引っ込み過ぎないで、調和をはかっていこうと。これによって初めて教養ができる。音楽の美というんですかね。

『詩に興り、礼に立ち、楽に成る』。素晴らしいですね、孔子さんの言ってることは。ま、霊能者はいくら無念無想になりましても、儒教のこの教えのない人は、一生懸命瞑想して、朝から晩まで山ん中で瞑想しましても、これがない。

『詩に興り、礼に立ち、楽に成る』こういう要素がない。自分だけの霊能力とは言いますけど、じゃどういう神霊と一つになってるかですね。今日の「神霊と一つになる」。



 そのレベルのものしか感応できないんです。当てものだったら当てもの、タヌキが来ます。タヌキやヘビですね、当てもの上手は。瞑想してそういう能力は得たと。

何と一つになってるかですよ。無の状態で。当てもの上手なタヌキ、ヘビがきれーに収まってくれましたと、瞑想によって。~中略~

その人の魂なり、教養なり、内面性なり、学んできた学問 ― まあ孔子のいう学問、学問というのは孔子の場合は聖人に至るの道ですね。聖人、素晴らしい人に。



 ~堯や舜のように、先週お話した堯や舜や兎や、湯王や周公、あのような古の聖人のように、聖人に至るの道ですね。天地の真、本当のあるべき天地の真理、聖人に至るべき真。

この真を体得している人が聖人ですから。ま、それを王陽明は『心即理』と言ったわけですけど、人間の心の中にはすなわち天の理が入っているんだと。

陽明さんはこういうふうに言っておりますけど、その天地の真というのは心の内部に全部あるんだと言ってるんですけど。~中略~



 ~このように、高級神霊と申しますのは真善美という3つの要素というものがなければ、高級神霊自体がそうですから、人間もこの地上におきまして真善美を行える人、100%でなくとも、より近くなれば近くなるほど、その神霊が来るわけですね。

高級神霊とは無尽蔵にいますから。だから、ただ今ただ今の日常生活の中で、どれだけこの真善美、人としての『詩に興り、礼に立ち、楽に成る』という心の教養、人としての立派な生き方、中山みきさんとか出口ナオとかジャンヌ・ダルクね。

真善美というものが御魂でもう知っていたわけですね、そういう人だからこそ御神霊が来たわけで。



 私どもの植松先生もそうでございまして、一介の主婦でございまして、べつに滝に打たれたわけでもございませんが、ま、お茶も2つの流派の看板持ちまして、

お花も3つの流派を待ちまして、ケーキの先生ですし、料理の先生ですし、着付けの先生でもありますし、ダンスもうまいし。ダンスというのはまさに真善美でございまして。

そういうふうなものをある程度極めてきて、真善美というものを。あるいた茶道とか華道とか、あるいはお着物とか、あるいはケーキとか、そういうふうな中での美の感覚ですね。そこの中での茶道にある真ですね。~中略~ 



 ~本当の大いなる道というものはどういうものかって言えば、~中略~ どんなものでも全部通じるもんだよと、これが大道、大いなる道だよと。これが真ですよね。どんなものにも通じる普遍的な真理。

それは一つのものを通して普遍的に変わらない、一芸は万芸に通ずるなんて言いますけど、一つの道を単なるテクニックじゃなくて、その奥にある普遍性、行ってる人の魂、法則ですね。

一生懸命やれば向上するとか、しない者は駄目になるとか、簡単ですけど真理ですよね。



 ~その大道というものが、一応そういうものを知ってて、普通の主婦でやって、真善美というものをその世界で極めたからこそ、植松先生の場合も神様の方から『ごめんください』と言ったか言わなかったか知りませんが、いらっしゃったわけです。

これ、先天の行でございますね。あるいは天啓の宗教とも言います。宗教のジャンルに分けまして、天啓の宗教、天がその人に啓示を与えてきたと。ジャンヌ・ダルクもそうですね、イエス・キリストもそうですね。

40日間の荒野の修行があったとは言いますけれども、天啓があってしたわけですね。ヨハネもそうですね。一つの大きな時代の仕組の神の動きの中で、天の啓示をもらってやってたと。



 このように先天の行と、後天の行があるわけですけれども、その先天の行でもいろんな角度がございまして、人として立派な人は世の中にいますけど、御神霊というものに対して、いかなる姿勢をもっていて、

真善美というものを揃え、あった角度に合せまして、『心だに誠の道にかないなば、祈らずとても神や守らん』。守護神、守護霊さんも、その人の磨いた度合に応じまして、レベルの高い方がいらっしゃいます。

同じ守護神さんでもレベルの高い次元がございますので、本当の素晴らしい守護神とか御魂が一体になってる場合には、これの磨けた度合ですから。



 ~そのために儒教を勉強し、仏教を勉強し、老子を勉強し、神道を勉強して、自分自身の中の、先天の神様がいらっしゃる斎庭というんですか、神籬というんですか、神様がお懸かりになる自分というものを立派につくるということが、

高級神霊と一体になっていくという不可欠な要素なんです。この修行をしなくて山に籠りましても、無になりましても、ほとんどが動物霊にやられまして、低救霊しか懸かんないんです。高級神霊と一体になろうと思ったら、これがいるんです。

そのためのこの儒教の話であるし、講義なわけですね。知らない人は、霊的に敏感な人は感性だけでいきますから、霊的にはもう神様の名前を語って出てくるのがいます、金毛九尾。



 ~D教なんかでは神の名を語って啓示だなんて、神様だと思うんですけど、キツネが化けてる。キツネが化けても、これが出来てる人は、そういう邪気が来ても、いたたまれなくなっちゃって消えていくんですよね。

御魂の輝きがありますから。それに合った神様しか来ない。そういう意味で、自分自身の御魂を磨く、自分自身が立派なものをつくっていくっていうことが、先天の行の最終的な課題になってくわけですね。

今日は「神霊と一つになる法」ですね。先天の行のお話の中から後天の行と比べまして、これで終わりたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)


 ~以上、「土曜神業録1巻」より、WINなりに転載させて頂きました。さらに詳しい内容は本でどうぞ。


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(尾崎豊死去、JR福知山線脱線事故(死者107人)、ネパール大地震(死者8964人)、金正恩[脳死報道]、3回目[緊急事態宣言](4/25〜5/11日の17日間(延長)、桜島噴火(AM1時9分~爆発は今年71回目で、観測史上最長の1.8km火砕流)、コロナにより料理の鉄人「神田川俊郎」死去)

※ちなみに聖者サイババの死去は 2011/4/24)

A型 二黒土星 亥 牡牛座 177cm 8●kg(豚?) HSP[ハイリー・センシティブ・パーソン]

┗『5人に1人が敏感な人⇒HSP[ハイリー・センシティブ・パーソン][2020/5/23]

 ★資格:普通自動車一種&二種、古物商、フォークリフト、薬寿師、世界一密教師、土偶神化伝(邪気邪霊や生霊や呪いを跳ね返せる神法)

 ★特技:シンクロニシティ[ユングが提唱した概念で"意味のある偶然の一致"の事]
┗『カール・グスタフ・ユング Wiki』『シンクロニシティ Wiki』『シンクロニシティ検索結果[TOCANA]

 ★これまた偶然にも4/25 乃木坂46 20thシングル発売『シンクロニシティ CD+DVD』(=゚ω゚)

 ★ちなみにTOKIO山口達也の不祥事が一斉に報道されたのも 4/25

私が【死にGO(4/25)】と言うように4/25はなぜか不吉な事柄が多く起きる

( ´∀`)つ愛愛)Д`)グシャ
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