ワールドメイトブログ ワールドメイト 和魂
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また、ブログ全体のリニューアルをしたので記事内の改行などが崩れており(文字サイズも大きくした)、記事によっては非常に読みにくくなっていて申し訳ありません。人気記事ランキングの上位から地道に修正していますが、けっこう大変なのでなかなか進まずで~<(;▼Щ▼)おぉう

『【完】7年連続7月22日の三峯神社奥宮登拝達成!!』

NEW2020/3/31【改行修正&誤字脱字修正】
 ついに、この日がやって来た。毎年7月22日に登拝して来て7年目、去年無事に登拝し終わって、来年…すなわち今日で登拝は最後と決めていた。

【Paramore: Decode [OFFICIAL VIDEO] 】


 秩父の天候は雨のち曇。降水確立60%となっていたが、地元を出発した早朝の4時すぎには早くも雨が降っていた。普通の人間ならば、こんな雨で天候の悪い中、危険な登山など中止するだろう。…そう。それが正しい判断であり、賢明な選択である。

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 ~数年前、奥秩父の山奥で起きた悲惨な多重遭難事故を覚えている方も多いはずだ。

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 ┏『奥秩父4重遭難の残酷、千葉法相の無残

 ┠『奥秩父4重遭難の残酷

 ┠『山の怪異談(その3)~奥秩父・ブドウ沢の呪い~招き寄せられた9名の犠牲者

 ┗『日テレ取材班の奥秩父遭難を検証する①経過と事故の場所


【事件の時系列】
・7月24日午後 (1名死亡)
 奥秩父山系笠取山ブドウ沢で、東京都の山岳会の8人パーティーが沢登り中に女性1名(55)が滝つぼに転落水死。


・7月25日昼頃 (救助要員5名死亡)
 午前8時半、下山した山岳パーティーメンバーが携帯電話で警察に救助要請を行う。9時40分、埼玉県防災航空センターから防災ヘリ『あらかわ1』(救助要員7名)は同離陸し救助に向かう。11時、吊り上げの為ホバリング中に墜落し、乗っていた5名が死亡。


・7月25日午後 (1名死亡)
 午後2時半、埼玉県防災ヘリの墜落現場へ向かう途中の埼玉県警秩父署員が、谷でうずくまっている東京都あきる野市の無職Kさん(45)を発見。

 救助隊員に『50メートルくらい上から落ちました』と語り、県警ヘリで秩父市内の病院へ運ばれたが、死亡が確認された。Kさんは山岳ブロガーとして有名だったという。


・7月31日午後 (2名死亡)
 県警から取材自粛の要請が出ていたにも拘らず、日本テレビの記者とカメラマンが山岳ガイドを同行して入山を強行するが、装備技量体力の不足、天候不順で沢登りの継続が無謀とガイドが判断し、午前10時には入山口まで下山している。

 しかし、その後に日テレの2名は無断で強行入山したらしく行方不明になり、8月1日入山口から約2キロ入ったブドウ沢で水死体で発見される。発見されたのは、登山道から約800メートル離れた場所だった。

 ~以上、合計9名も命を落とした悲惨な連鎖事故である。


~~~~~~~~~~~~~~~~


 ~このように単純な遭難事故が、次々と死を引き込む呪いの連鎖さえある。

 なんというか私の直感では、この死の連鎖は、山の神の祟りのようなものがその根底にあるような気がする。そうでなければ、数日間のうちに立て続けに9名もの人間が死ぬなどはなかなか考えられない。…私はだが。

 本来ならば、身を清めなければ入れない神域だったとか、遥か古代、人間を生贄として山の神に捧げていた恐るべき場所だったとかだ。


【私の言霊解釈】
  ブドウ沢 → フドウ沢 → 不動沢[不胴沢] (体が動かなくなる沢=死ぬ沢)【奥秩父のブドウ沢】という言葉を聞いたら、皆さんも注意して欲しい。



 そして、晴れの日ならばなんでもない奥宮への登拝であるが、このような激しい雨ともなると様子はいっぺんする。岩や木の根は雨で濡れて滑り、土の場所も雨水が染み込んで泥に変わり滑るようになる。

1歩1歩が死と隣合わせのは、この私でさえもじゅうぶんに分かる。遭難や怪我やアクシデントを避ける行動をするのは、常識ある人間なら当然だろう。

…そんな状況の中で、なぜわざわざ三峯まで行って奥宮まで登拝するのか?それは、『Promise with God』 神様との約束だから…としか言い様がない。



 ~私は義理堅い性格であるから、一度交わした約束は何があろうと絶対確実に守ってきた。相手がどんな人間であろうと、約束を破ったことはない。

だから去年も、父親を大学病院へ連れて行ってからわざわざ三峯まで行き、夕方から登りはじめて無事に奥宮登拝を成し遂げた。

相手が三峯の神々様なら、なおさらである。そうこれは、いつも見護って守ってくれている三峯に坐す神々様との約束の登拝であり、試練の登拝でもあるのだ。その誠が本物であるかの。



 たとえ奥宮に向かう登拝の途中でアクシデントが起きて死すとも、三峯に座す神々様は死後、優しく迎えてくださるという信仰に基づいた信念が私には常にある。

初めて伊勢神業へ10時間かけて独りで運転して行った時も、この気持ちは持っていた。こういう信仰心を教えてくれたのが、ワールドメイトの深見先生である。


 ~かの有名な空海様が遥か遠くの異国の地へ密教を学びに船で出発した時も、きっとこのような気持ちだったに違いない。あなたも覚えて欲しい。この信仰心と死生観を。たとえ道の途中で死すとも、その信仰心に神々様は必ず死後、報いてくださるのである。

雨の中、そんな三峯に座す神々様への思いに浸りながら運転して約2時間ちょい、深い霧が立ちこめ、雨がこんこんと降り続ける涼しい三峰神社の駐車場へ到着した。歩いている人はもちろんいなかった。



 三峰神社の駐車場入口で料金を払った後は、去年と同じく、右手にあるトイレの脇を通って山よりの駐車場へ停める。



 持って来たカッパを着込んで靴に履き替え、リュックを背負ったら毎年のルーティンである、まずはいつもどおり本殿への参拝に向かう。普段の御守護の感謝と、無事に登拝できるようにの祈願である。



 雨は止む気配はなく、ますます酷くなりそうな天候であった。初めて三峯神社に来た際も日本武尊[ヤマトタケル]様の像を見て感激したのを思い出す。

初めて来た時は、たしか早朝だった。まだ暗い朝方、どこまで走っても三峯神社など見当たらなく、途中で車を停めて地図[本]を確認した記憶がある。あの頃はまだスマホなど便利な物は無く、地図も大きな本だった。

迷いながら無事に到着して本殿へと向かう途中、朝霧の中で、初めてこの像を見てド肝を抜かれたものである。『き、巨人!?国常立大神か!』っと。



 毎年同じく、本殿から遥拝殿と参拝し、日頃の感謝をはじめ奥宮登拝の無事を祈る。もう何年前から三峯神社に来たのだろう。そして何十回、何百回と三峯大神様に祈っただろう。私もずいぶん歳を取ったものである。

 …たしか、あれは鎌倉時代だった。私は【新田義貞】公の騎馬隊に加わり、一兵として出陣。鎌倉で北条の軍を撃破、そのまま怒涛の勢いで鎌倉幕府まで滅ぼしたのだ!

皆が歓喜する中、我らが将である【新田義貞】公は剣を天に振り上げ、私に向かって大声でこう言った。『見よ!この成果も三峯大神の御神力よ!!ワッハッハッハッ』っと。



 …オッホン。

 初めて来たのはワールドメイトに入ってからだったが、エンゼル会に入って支部のみんなと初めて産土参拝する前から来ているのだから…かれこれ【17年】くらい前からになるのだろうか。

…私もずいぶん歳を取ったものである。~千早城の戦いから二年後の元弘三年[1333年]5月に義貞公が倒幕の兵を挙げてから早687年あまり…。


 ~私は熊野への旅の途中に【ヴァンパイア】と名乗る吸血鬼に襲われて不老不死にされたあげく、【サキュバス】と名乗る女淫魔に迫られた。

これでもかというほどスッカラカンのモヤシになるまで●●を絞り取られた結果、私まで毎晩、若くて可愛い女子[おなご]を喰いまく…ムッハ~(★∀★)…




…[オッホン]


 …守護霊様に怒られるので、今度こそ真面目に…(;▼Щ▼)ゞ


 ~本殿ではこんなに朝早くから正式参拝の家族が神主様の祝詞を待っており、失礼なシャッター音が響いてしまうので本殿正面での写真は控えた。

そしてなんと、私が二礼二拍手一拝して、お祈りを始めた瞬間と同時に『ドォォオオオーーーン!!!』という大太鼓が鳴り響き、本殿の家族の正式参拝が始まったではないか!



 なんというピッタリのタイミングに、お祈りをしながら鳥肌が立ったではないか。さすがは三峯大神様である。先に遥拝殿でお祈りしていたら、このタイミングは無かったのだから。

7年連続の奥宮登拝の最終章の開幕に、朝一発目から【ささやかなプレゼント】を頂いたようだ。やはり三峯大神様は、いついかなる時でも、もきちんと見護ってくれているのである。



 ~そしてお祈り後、いつもどおり御神籤を引いてみたら…これだ!!

まさに今日の天候での奥宮登拝、そして今までの6年間の奥宮登拝を含め、今まで苦しいながらも三峯へ来て祈った時の状況にも、そして私の苦しかった人生にも通じるではないか。



 どこの神社でも、もちろんこの三峯神社でも、御神籤を引けば98%は大吉しか引かない私が、今日に限って、しかも7年連続奥宮登拝の最終章を飾る早朝に、この御神籤である。

(このお御籤に凄まじいシンクロニシティの御神力が隠れているとは、この時点で気づくハズもなかった)



 ~7年間の三峯神社奥宮登拝で母の病気の完治も祈願して来たが、まさか、今年で奥宮登拝は最後だと決意して登った今日[7/22]から1ヶ月と1週間後の【8月29日】に母親が亡くなるとは思ってもいなかった。

登拝前の本殿での御神籤番号は【29】なんと母親が死去した日になった!このシンクロニシティにはさすがの私も驚いた。

 ┗『【完全版】母親の死と…そして右足親指骨折(アウチッ!!)


 ~【7月22日】+1ヶ月[1]+1週間[7]=【8月29日】母死去。ここでも【1】と【7】が付く。私がワールドメイトに導かれて初救霊後に会員になったのは【平成7年11月17日】

私の誕生西暦は【1971年】そして現在の会員歴は【22年】~ちなみに【22[ふじ]】とは【富士(不死)】を意味する。



 この証[奇跡]の連続こそが、三峯大神様の御神力の速さと正確性の凄さであり、すべてを見通している三峯大神様だからこそ、ドンピシャなタイミングでの太鼓に、ズバリな御神籤を引かせることができるのだ!

7年連続の奥宮登拝[最終章]の朝一から、神坐す証[奇跡]の連続。さすがは偉大な三峯大神様である。厳かに玄妙に、そして神妙に、その御神力の凄さを『これでもか!』っと余裕で現わすその御神徳!!



 三峯大神様が本気で怒った時を想像するだけで鳥肌が立つ。まさに人間の一生や運などは、神様次第と言っても過言ではないのだから。

私個人の悩みや葛藤、願いや人間的成長やワールドメイトでの御神業など、この三峯大神様は過去から未来まで、すべてを知っておられる。

この三峯大神様の前では、無理に強がろうが、嘘で誤魔化そうが、弱く見せて機嫌を取ろうが、人間など赤子同然である。神様の前では、人智では到底及びもしない。




▼━【修正中に浮かんで来た文章】━━━━▼


 日本護りし 三峯力

秘めた神威に乾坤一擲、ここに大神 降臨す

(※[乾坤一擲]とは、中国の漢詩由来の故事成語・四字熟語で、運を天に任せて大勝負に出るといった意味)



 奥宮金神 偉大なり

悠久無限のまにまに振るう 護り導く 救いの御業


▲━━━━━━━━━━━━━━━━━━━▲

(上は三峯大神様か?下は守護霊様だろうか?私に対してなのか?読んでる人に対してなのか?そこまでは分からない)



 ワールドメイトの三峯開き秘鍵開示会を受けた方なら御存知のとおり、三峯大神様は、かの有名な出雲大社に坐す出雲大神様と縁が深い。

まさにそのとおり父親のような愛情で、すべての面で成長を促してくれると同時に、絶大な御神徳と御守護を合わせ持つ、護りの荒神の一面もあられる。

そして魔[悪霊]を祓う御神力を持ち、あのヤマトタケルを四面楚歌の状態から救ったように、窮地から必ず救ってくださる御神徳さえ持っておられる。


 
 深見先生の話にも度々出るが、あの出雲大神様こそ、この日本を護る【国防の総大将】であり、【事塞[ことさえ](悪しきものを封じ込める)の神】としての御神力をお持ちでおられる。


 ~すなわち、私の幼少期からの苦労も人生もすぺて知っている三峯大神様だからこそ、縁が深い出雲大神様が顕現する神事【暗黒霊界超封印 人形身代わり祈願】がある伊勢神業に導いて下さったのだろう。

三峯に参拝し続けた結果、受けた奇跡。まさに驚くべき証の一つである。(※出雲大神様と三峯大神様の関係については三峯開き秘鍵開示会を参照)


【My Chemical Romance - "Welcome To The Black Parade" [Official Music Video] 】


 止まない雨の中、次は遥拝殿で登拝の無事を祈り、脇から登山道へ入って、いよいよ奥宮登拝の開始である。雨はまだ止まない。



 少し登山道を歩くと、すぐに初めの鳥居に辿り着く。誰も見ないから寂しいものである。ここでアクシデントがあったとして叫んでも、誰も気づいてくれないだろう。



 ちなみに余談だが、私の父親は若い頃から登山が趣味で、日本アルプス山系、槍ヶ岳や剣岳、八ヶ岳山系、立山連邦、富士山などを制覇した。

どこぞの山では、滑落して頭をカチ割って重傷の男性を、父親と仲間の2人だけで助けたと聞いた。その方は無事に助かったそうだが、凄まじい現場だったそうだ。

やはり山というのはどんな時でも、死と隣り合わせの危険な場所なのである。



 そんな私自身も、中学生の時に父親に連れられて、初富士山を見事に登頂できた。他にも雲取山と高尾山には小学生の時に連れて行かれて登頂している。

富士山では高山病で凄まじい頭痛に悩まされて顔が青ざめていたし、しかもかなり寒かったのも覚えている。


 ~帰りは須走ルートから滑るように下山したのだが、その際、下界の街並みの景色が正面の雲の合間に見えたのを見て、とても衝撃を受けた。

あの時は体力が限界で【お鉢巡り】がデキなかったから、機会があってまた登れたら、今度こそ【お鉢巡り】をやってみたい。



 やっと2つ目の鳥居であるが、ここで奥宮方面と雲取山への登山道が分かれている。今回の奥宮登拝では、父親に登山のコツをちょこっと教えてもらった。

『歩幅は小さくして、なるべく呼吸を乱さないようスローペースでゆっくり登りなさい』っと。さすがに雨の中の登拝と言う事もあって、心配してくれたのだろう。


 ~もともと私は生まれた時から気管支が弱く、生後1週間も経たないうちから母親と一緒に入院していたし、中学生時代には肺炎で1ヵ月自宅療養で学校も欠席。

数年前には2回目の肺炎にかかって3週間も苦しんで死ぬ半歩手前まで行き、結局~母親が通っていた呼吸器科で有名な大きい病院で即日入院と診断され、1週間も入院した。さすがにあの時は地獄を見た(;▼Щ▼)



 インフルエンザにもかかった事があるが、インフルエンザはかなりの高熱[39℃前後とか]と猛烈な身体のダルさがあるから動けないが、効く薬があるから飲んで寝ていれば、1週間以内には熱も下がって動けるようにはなる。
 ~さすがに病み上がりで体力は落ちてるけども。

【タミフル】は副作用があるらしいが、熱が下がってもしばらくは飲み続けるように言われた記憶がある。~しかし、肺炎は違う!高齢者が最後は肺炎を発症して亡くなるケースが多いのは、すでに御存知だとも思う。

肺炎は動かなくても咳は出るし、きちんと【肺炎】と診断した医師の【肺炎に効く咳止め薬】でないと、絶対に咳は止まらない!それこそ動いたら最後、呼吸がデキなくなる程の猛烈な咳で涙さえボロボロ出るし、お手洗いにさえ行けなくなる!



 ~私の2回目の肺炎時、熱まで38℃以上もある酷い状況で、地元の3ヶ所の病院を周って3週間経っても【肺炎】と診断されず、それら病院の普通の咳止め薬でさえ一切まったく効かなかった!だから、、

【寝てても激しい咳が止まらないような【肺炎】の疑いがある時】は、呼吸器科に定評のある大きな病院へすぐに行って欲しい!~これは、2回も肺炎にかかって死ぬ寸前まで行った私からの、心を込めての助言である!



 去年は夕方から登り始めた為、時間的余裕が無かったから急ぎ気味で登って行ったら余計にバテ、1時間50分という初回よりも時間が掛かった最も遅いのペースの登拝になってしまった。

しかし今日は雨でルートは最悪ということもあり、しかも心の中では『7年連続となる最後の奥宮登拝』と決めていた為に焦る気持ちは消え、感慨に浸りながらゆっくり登って行けた。

 『もう7年目かぁ~。よく毎年、同じ日に7年続けて来たよなぁ~♪』っなんて独りごとを言いながら。



 ~するとどうだ。

去年までの登りはじめて30分も経たないうちから呼吸は乱れてバテていたのが、顔を地面に向けて必死で呼吸することも無く、亀のようにノンビリ登れるではないか。


 ~確かに呼吸は若干乱れるのだか、小学生並みの歩幅で超スローペースでゆ~くり登って行くと、崩れ落ちるほど疲れないことに、7年目で初めて気づいたのである。(気づくの遅すぎだろ)

なにより、立ちながら周りを見れる余裕さえあるではないか。今回は休憩に取るよりも、登り続ける時間のほうが、はるかに長かった。



 足元を見れば、こんなに汚れていた。かなりの雨が降っているのでカッパは着たが、ぜんぶ被ってしまうと通気性が悪くなり、涼しい風が身体に当たらなくなってますます汗をかいてしまうので、頭と首まわりはタオルを巻いただけにしたら…

降り続く雨で頭はビショビショ、したたり落ちる水滴で首に巻いたタオルまでビショビショ、眼鏡は水滴で見えずらくなって悲惨な状況だったが、だからこそ余計にスローペースになって、足元を滑らすといった危険な状況にも会わず、無事に登れたのかもしれない。

 ~軍手をしているので軍手まで濡れ、iPhoneで写真を撮るたびに軍手を外して撮る手間のかかること、かかること。



 もしかしたら三峯の神々様が、わざとスローペースにさせる為に、こんな悪天候にしたのかも知れないとも思った。さっき本殿で引いた御神籤が脳裏をよぎる。

もし晴れていたら、サッと登ってサッと下りて、『もう終わっちまったわ』っと想い出にすら残らない、ラクな登拝になっていたかもしれないからだ。まぁ~毎年、蒸し暑い猛暑には変わらないが。

 ~そして、この白い大鳥居が見えれば、気持ち的にかなりラクになる。



 この白い大鳥居(3つ目の鳥居)がある場所には、手前に屋根付きの休憩場所がある。

私の霊的な感じでは、1つ目の鳥居から2つ目の鳥居までは問題ないのだが、気になるのは下↓の2つ目の鳥居から、



 この3つ目の白い大鳥居がある、屋根付きの休憩場所までが薄き気味悪い。雲取山との分岐がある2つ目の鳥居から、この3つ目の白い大鳥居までの距離は600~800mくらいだろうか。

鳥居と鳥居までの距離が1番長く、全ルートのちょうど中間あたりをしばらく通る区間。この区間は日の当たらない周囲が暗い場所をしばらく通るルートがあったり、木で作られた座って休める休憩場所を2箇所通ったりする為にそう感じるのかも知れないが。



【(ニコ動)globeの神曲 Try This Shoot (Live)】


 そういう固まって休める広い場所があるからこそ、そこに、目に見えない何かがいるような気配を感じることが何回かあった。

帰りは余裕が出てくる為に周囲を見回す回数が多くなるのだが、霊的な意味で、あの2つ目の鳥居から~3つ目の白い大鳥居がある休憩場所までは、なんど通っても薄気味悪く感じる。

まぁ~でも毎年経験している事だから、悪天候でも怖さは同じだった。



 そして、この白い大鳥居まで来れば、半分は過ぎたという安堵感が出てくると同時に、この3つ目の白い大鳥居をくぐると、少し気が変わる感じがする。気分的なものもあるとは思うが。

晴れていれば、この休憩場所からは下の景色が見え、風遠しもいい。日差しが多いと、この白い大鳥居からは緑が冴えて清清しくなるが、この日の天候では残念な思いしかない。

 ~そして、最後の4つ目の鳥居↓から先が、いよいよ最奥神域となる。



 敏感な方ならココから特に、気が玄妙に変わるのが感じられるハズだ。

そしてなぜか、この4つ目の赤文字の最後の鳥居をくぐってから、大きな巨石があちこちに目立つようになる。



 1つの巨大な岩で何tもありそうなのがアチコチにだ。なぜ、最後の鳥居から奥宮側にしか巨石がないのか?ここにも、三峯の秘密が隠されているんだろうとも私は思う。



 急勾配の階段↑の入口には【滑落注意】の立て札もあった。階段の手摺は雨で濡れ、後半の枕木は雨で濡れてかなり滑る。

上に木々があるので、階段自体は乾いているようだ。

この階段を降りれば木で作った渡り道↓があり、ここを越えれば奥宮は目前である。もう、後は鎖場だけだ。



 階段を降りれば木で作った渡り道があり、ここを越えれば奥宮は目前だ。御覧のとおり、この有様である。



 こんな日に、こんな場所で滑って落ちたりでもしたら、たぶん誰も助けてくれないだろう。



 そしていよいよ鎖場に続く階段だ。

ここまで、誰にもすれ違わなかった。悪天候だから当然だろう。



 足元を滑らさないように慎重に登って行く。

手すりも雨で濡れているではないか。



いよいよ鎖場が姿を現した。鎖も雨で濡れているではないか。



 体力的にはまだかなり余裕があったので、しっかりと脚で踏ん張り、腕の力で鎖を引き寄せて登って行く。

体力はかなり残っているので楽勝だ。皮肉にも最後の7回目とは。



 ようやく登りきって下を見る。これでも雨はかなり降っている。

~そしてやっと、奥宮に座す神々様と1年ぶりの再会である!



 なんと時刻は10時10分。登山道に入ってから時刻を確認した時は7時37分だったから、約2時間30分あまり。去年より40分も遅い超スローペースな山登りであった。

どおりで、体力的にまだ余裕があるはずである!(笑)。ああ、これが本来の登山の基本なのだろう。去年まではハイペースで登り過ぎていたのが、今回の最後の登拝でようやく分かったのである。



そしてこの瞬間、私の7年連続7月22日三峯神社の奥宮登拝は達成された!去年ここで、『また来年、必ず来ます!』と神様に誓った約束は無事に達成されたのである。7年連続、同一日という凄さ。

一言で言うのは簡単だが、毎年同じ日に7年連続で奥宮登拝するのは容易ではない。時間的にも体調的にも、すべての好条件が揃わなければならず、なにより【強い意思の強さ】と【強い信仰心】がなければ無理だ。



 しかも、毎年この時期は30℃をゆうに越す炎天下の猛暑日が多かった。猛暑くらいで中止してしまっても、7年連続同じ日に奥宮登拝達成はできない。

だからこそ、【強い御守護】があったから達成できたとも思える。道中でトラブルやアクシデントがあったら、7年連続同じ日は達成できない。



 なにより毎年、一人きりで登るのに怖いのは、やはり【熊】である。登山道のアチコチにも【熊出没注意】の張り紙やら看板やらある。

熊に遭遇するか、しないか。こればかりは【運】としか言い様がない。道中でもし熊に遭遇したら、私の強運をもってしても助かる自信はない。


 ~この熊への対処や遭難時の為に、有名なナイフメーカーであるGERBER(ガーバー)のベア・グリルス アルティメット ナイフという大きなナイフを買って、腰にブラ下げて毎年登拝している。



 それでも、もし熊に遭遇して襲われてしまったら死…。熊に片手で払われただけで肉が捥ぎれるのだから、大きなナイフで戦ってもまず勝ち目はない。

 重い巨体に乗っかられ、意識があるままで、その強靭な顎と牙で頭蓋骨を潰されて顔の肉を剥がれ、体中噛みくだかれ、手足はバラバラに解体されてしまうだろう。

それこそ、あのディカプリオがアカデミー主演男優賞をとった映画『レヴェナント:蘇えりし者』のように。



 ~YOUTUBEなどでも熊に襲われている動画がいくつも出てくるから、『怖い』『グロイ』などと言う前に、もしもの時の為に見ておくべきである。

実際に、危機や危険を見て知ることにより、いざという時の対処も可能になるのだ。私は毎年、こういった熊や遭難、アクシデントや怪我への恐怖を乗り越えながら、たった一人で7年続けて奥宮登拝に挑んで来たのである。

【閲覧注意】Bear mauls Indian farmer to death during horrific attack 20 Nov 2014


 運が良ければ、『片手一本犠牲にし、肉を切らせて骨を絶つという反撃で撃退できるかもしれない』っという望みだけで、私はナイフを持っていた。

だから、山登りやアウトドアをする際には、熊避けの鈴、催涙スプレー、スタンガンなども持っていなければ駄目だ。処すべき道具や方法もなく、ただ食われるだけよりかはマシであろう。

 
 ~もちろん、趣味で登山やアウトドアをやっている方々は、遭難時に備えてサバイバルナイフなども当然のごとく常備していると思う。日帰り登山でも遭難して亡くなる人が後を絶たないのだから、やはり油断は禁物なのである。


【globe love again (Vincent de Moore remix) special live genesis of next】


 忘れもしない。初めて奥宮に来たのは、一番酷い時期で極限の状態だった。

【5/7】に右目の網膜剥離手術、5日後の【5/12】に退院。

 ┗『網膜剥離で入院・手術!~Part.3 最終章



その13日後の【5/25日】に初めて腱鞘炎手術した結果、手首の橈骨神経を切られるという手術ミスをされた。

 ┗『狭窄性腱鞘炎(ドケルバン病)の手術!~★再更新編★



 ~主治医は『すぐ治まるよ』っしか言わなく、リハビリさえしなかった為、傷口と腱が癒着してしまって手首さえ曲がらなくなった。

あげくに火傷のように猛烈にヒリヒリしたり、ピリピリする神経痛に24時間襲われて鬱病になる寸前だった。



 これが手術ミスの後遺症だとそのうち分かったが、失敗した病院になど行きたくなく、毎日せんねん灸をしながら耐えて我慢していた。

生活すらままならず、どうしようもない中でなんとか治してもらいたく、初めて三峯の奥宮【7/22】に坐す神々様に助けを求めた。
 
 ┗『三峯神社参拝&三峯奥宮登拝記
 


 ~なんと、それからすぐに八王子の手の外科に導かれ、【8/11】にスーパードクターの再手術である。

【7月22日】奥宮登拝、【8月11日】最手術。なんという証[あかし]の速さだろうか。~この証の速さと正確さこそが、三峯大神様の奇跡の御神力の凄さなのである!

 ┗『手の外科スーパードクターの右手首再手術



↓手術してくださったスーパードクター、高月整形外科病院の山口利仁先生。
高月整形外科病院の山口利仁先生

 ┣⇒『高月整形外科病院心意気

 ┗『山口利仁 理事長


 ~現在では名誉理事長になっているようだ。オーラがもの凄く、とても怖い先生だった。元気でおられるだろうか。もう一度お会いして、きちんとお礼が言いたいものである。

患者に真剣に向かう姿勢、『絶対に治す』と気概と気迫と執念の塊のような、まさに【鬼神】国常立大神様【艮の金神】が懸かったようなスーパードクターだった!



 5月~8月の3ヶ月間だけで、手術3回[網膜剥離1回+腱鞘炎2回]。網膜剥離の後遺症も残ってしまっていてもう治らない。右目のナナメ左上は視野が欠けたままだ。

右手のほうもやはり、切られた橈骨神経の影響で麻痺の後遺症は残ったままだ。何もしなくても痺れることもあるし、手首の手術痕あたりを触れられると、もちろん激しい神経痛が出て痺れる。。


(※↑この図のとおり、黄色の部分に麻痺と神経痛が残ってしまっている)

 ずーと麻酔にかかっているかのような【橈骨神経麻痺(とうこつしんけいまひ)】と、腱が癒着した時の後遺症も残っており、手首や指を動かしただけで腱が引きつる感じがする。

なにより、腱鞘と伸筋支帯[手首をベルトのように巻いてある伸筋]も削除して取った為、『すぐ脱臼しやすくなっている危険な状態でもある』っということを主治医に注意された。



 スーパードクターの手術後は、傷口の治りも早かった。結局、今でも麻痺は残ってしまっているが、酷い神経痛から解放されだだけでも救われた。

それからまた激しい筋トレも再開できるようになったのだが、【腱鞘】も【伸筋支帯】も削除して無くなった私の右手首は、想像以上に弱くなっていた。


 ~そんな後遺症を負ったまま高強度の筋トレを続けていたら、今度は右手首の靭帯[TFCC]を2本いっぺんに【断裂[TFCC損傷]】するといった重症を負った!

  ┗『カテゴリー:手首TFCC損傷手術

 ~ここまでくると、もはや溜息しか出ない。結局また手術へ。




右目[網膜剥離手術[5/7]から5日間の入院で[5/12]退院] 

↓[約2週間後]

右手首[日帰り腱鞘炎手術[5/25]失敗] 



三峯奥宮登拝[7/22] 



右手首[スーパードクターによる最手術[8/11]で1週間入院] 



しばらくして筋トレ再開したら、翌年の誕生日直前[4/23]に右手首[(TFCC損傷)2本同時に完全断裂]



地元で診察 ⇒ 新宿の慶応義塾大学病院へ ⇒ 検査検査の連続



三峯奥宮登拝[7/22] 

 8月のTFCC手術を待ってる[7/22]も、右手首の靭帯が2本完全断裂した状態で、テーピングと包帯とサポーターでガチガチに固定したまま奥宮登拝を成し遂げているのだから、我ながら凄い精神力の強さだと思う。~ここまでくると、もはや執念である!(笑)



負傷[4/23]から約4ヶ月後の[8/31]に、江戸川区の病院でスーパードクターによるオリジナル手術。

 ※慶応での手術だと混んでいるために10月になってしまうと言われ、そのスーパードクターが週一で行ってる江戸川区の病院で[8/31]に手術してもらうことになった。



 ~この手術までの期間[4ヵ月]が長いのが特に辛かった。手術後、翌々日だかに退院したが、肘上までのギプス生活が長くて辛かった。

[TFCC損傷]は新宿の慶応義塾大学病院のスーパードクターに手術をしてもらったが、現在でも、一生残る特殊な糸が残っていて靭帯と骨を結んである。

主治医から言われた注意は『転んでも右手をつかないこと!』だった。しかも、再度切れた場合は、靭帯の換わりになるものを移植すると言われてしまった。


(※↑この写真はTFCC手術後のギプスがやっと取れた後だったと思う。垢まみれの手をやっと綺麗に洗えたから、綺麗綺麗なわけ)

 現在は↓以下の状態だが、親指側腱鞘炎切除以降、腱鞘炎によって守られていた神経と静脈がこの赤丸部分の皮膚の下で剥き出しになっているので、なにかに当たったり、手首を触られるとすぐ痺れてしまう。

また、腱鞘が無くなった為に脱臼し易くなっている。同時に静脈も皮膚の下で剥き出しになっているので、ここを切ったら大出血となり命にかかわる。



 だから、脱臼と剥き出しの神経と静脈も予防する意味で、外出時はサポーターをしている。長年の腱鞘炎の痛みからは解放されたが、代償となるリスクを負うハメになった。

初めての手術が網膜剥離手術だったお陰ですぐに手術への恐怖耐性はついたが、網膜剥離にせよ手首の手術にせよ、手術後の麻酔が切れた後の痛みはトラウマレベルである。



 ~まぁ、そんなこんなで右目[網膜剥離]の後遺症は一生残っているし、右手首もボロボロというわけである。肺炎も含めたら入院5回、手術4回。また、母親が亡くなった[2016/8/29]年の年末、右足の親指まで亀裂完全骨折した。
  
 ┗『母親の死と…そして右足親指骨折(アウチッ!!)

 ~毎回、なんで身体の右半身ばかりに怪我や病気を負うのかは分からない。



 過去には4tトラックによるオカマ事故にも会っていて、ガソリン満タンだったため、もう一歩で爆発炎上でアポーンするところだった九死に一生を得た体験もしている。この事故のせいで現在になっても治らない後遺症が首に残り、後遺症認定もされている。



 ※↑そのときの写真。トランクはペシャンコ。流れ出たガソリンのうえに救急隊が粉を撒いた。18mも飛ばされて歩道の鉄柵を薙ぎ倒して木に激突。フロントも潰れて一発廃車だった。かなりのスピードの4tトラックがノーブレーキで突っ込んで来るとこうなるという見本)

もしかしたら神様が大難を小難にしてくれて、いっぺんに襲う災いを細かく分けてくれたのか、あるいは厄年の悪出しだったのかも知れないが、我ながら、まぁ~よく生きて来れたものである。



 人間、とくに手術や入院を伴う大きな怪我や病気などの困難や修羅場を乗越えると、その人間は確実に強くなる。その強くなるというのは、【身体的】という意味ではない。

大怪我や大病をすることにより、身体的には正常な人間には確かに劣ったかも知れないが、手術の恐怖、受傷から完治するまでの痛み、辛いリハビリ、完治への不安など、同じ体験をした人間しか分からない辛さがそこにあり、その気苦労たるや半端ではない。


 ~しかし、それらの苦労を乗り越えた結果、胆力、精神力、忍耐力、器量などは一回りも二回りも大きくなる!もしかしたら、その人間を大きく立派にするための、神の大愛による試練だろうとも思う。

もちろん、ただ『運が悪かっただけ』とか『厄年だった』とかもあると思うが。



 私自身、いま振り返ってみると、確かに内面が大きく成長できたと実感できるし、人生観や死生観さえも不動たるものになるし、なにより、なにが起ころうとも動じない胆力がついた。 

我ながら、昔に比べたらオーラが【3倍】くらい大きくなったと感じているが、それが人間としても、男としても、器量や度胸の大きさに繋がるのだろう。

もちろん、長年続けていた筋トレで、肉体的にも荒魂[あらみたま]的も逞しく成長したことも含まれると思うが、積極的に肉体を鍛える筋トレより、我慢我慢の連続で【耐える】ほうが、人間の魂というのはより大きく成長する気がする。

┗『プラトーを打破する筋トレでMAXを次々更新!!



【Feint - Vagrant (ft.Veela)】


 ~己の力だけではどうしようもない巨大な試練という壁に立ち塞がれ、我慢して我慢して、まだ我慢して、これでもかというほど我慢して、やっとのことで乗り越えた試練のほうが、己の持っているすべてのものを遥かに成長させると思う。

なぜならそれは、自分の努力で簡単に乗り越えられるものではナイからである。もっと正確に言えば、『自分の限界を越える試練たから、極限まで徹底的に耐えないと乗り越えられないもの』だからである!

まぁ、少し話は脱線したが、それら右手首に残る多くの後遺症の恐怖と毎年闘いながら、無事に奥宮登拝を7年続けて来たのだから、これだけでも三峯の神々様と守護霊様の加護を感じずにはいられない。



 それらも踏まえて、7年連続の奥宮登拝を、無事に達成できた感謝のお祈りをする。じゅうぶんにお祈りした後は、雨の降り続く中、頭からズブ濡れになったまま昼食である。

例年、猛暑で汗だくの中での昼食とは違い、コンコンと降り続ける雨の音しか聞こえない中での昼食である。



 誰も来ない奥宮。たった独りで神様と対話できる時間。

たとえどんな状況でも、必ずやり遂げるという実行力、精神力、行動力、忍耐力~それらすべてを、三峯の神々様は鍛えてくださった。



 神々様の御守護があれば必ずや、どんなに辛い状況であろうとも光明が差して救われるっという事までも、三峯の神々様は教えてくださった。

その奥宮登拝も、今日で最後である。とても感慨深い。まるで奥宮に坐す神々様までが、別れを惜しんで泣いてくださっているかのような雨であった。



 昔から【晴れ男】と言われ、私が外出する日は【99%】は晴れているばかりか、雨が降っていたとしても、じきに止んで晴れ間が出る。

それなのに【自然の恵み】と称される雨は、まだ止むことなく降り続いていた。足元は御覧のとおりに、酷い有様のままである。



 この三峯に坐す神々様は、遥か何万年も大昔からこの地と日本を護り、人類の進化を見て来ている。それに比べたら、人間の人生などなんと短いものか。~神様がクシャミをしただけで、人間の一生など終わってしまうだろう。

そして、今日に至るまでの三峯の歴史の中で、果たして何人が三峯に隠された秘密を知り、三峯大神様やお犬様の真の姿やお働きを知り、日本と世界の永久的な平和を祈ったであろうか。

 ~私はどこの神社仏閣に参っても、以下のお祈りは欠かしたことがない。



 『21世紀中にミロクの世がやって来ますように』 『21世紀中に戦争のない平和な世の中がやって来ますように』 『21世紀中に世界連邦政府ができますように』

 『この日本と世界で暮らす、すべての方々が幸せになれますように』 『この日本が、世界一幸せな国となりますように』 『この日本に暮らす全ての人々が一人も漏れ落つことなく、皆さん幸せになれますように』


 『深見先生と植松先生がいつまでもお元気であられますように』 『ワールドメイトの御神業がいつまでも弥栄えますように』 『ワールドメイトに導いて頂きまして、本当にありがとうございました』

 ~これらは必ず神様の前でのお祈りには入れる。これらを祈ってから、個人的なお願いを申している。



 ワールドメイトの会員でない方も、ぜひ覚えておいて欲しい。

 この日本と世界を何千年、何万年と護りながら【神仕組】を動かして来た正神界[善]の神々様は、この地球上に、永久的な平和の世界である【ミロクの世】にする為に働いておられる。恵みと発展の太陽神界の主宰神であられる伊勢神宮の内宮に坐す天照大御神様。

宇宙レベルで地球を統括する素戔男(スサノオ)の尊様。大地の形さえ容易に変えてしまう恐ろしいほどのパワーを持ち、あの日本一の富士山に坐す【鬼神】国常立大神様【艮(うしとら)の金神】宇宙を統括し、この度の【神仕組】の主宰神である菊理姫大神様。



 天下の瞼と言われる箱根の山々から関東を護る箱根大神様、その箱根大神様の御眷属であられる芦ノ湖に座す九頭龍大神様。茨城の鹿島神宮に坐す高天原No.1の強さを誇る鹿島大神様など、人智では及びもしない全知全能の絶大なる御神力をお持ちの神々様がたくさんおられる。

ちなみに【茨城の鹿島】と言えば、サッカーの【鹿島アントラーズ】が有名だが、J1リーグの中でも特に強いのは、鹿島大神様のお膝元だからである。八百万の神々様の中でNo.1の闘いの強さなのだから、納得できるはずだ。

その日本古来からの古事記や日本書記や神道に登場する神々様が、この日本と世界、私たち個人を護ってくださっている。もちろん、守護霊様もである。これら[善]の神々様の世界を【正神界】とも呼ぶ。もちろん天界も兜率天もあるし、仏界もあって【同体異名】にも通じる。

九頭龍師

 それら、深見先生が教えてくださった神霊界の詳しい知識を知ったうえで、上記のような【日本と世界の平和と人々の幸せ】を神社仏閣でのお祈りに入れたら、どれだけたくさんの神々様がお喜びになるか想像がつくだろうか?

だからこそ、それらが分かる人間には、より一層の強い御加護と御神徳と御守護をくださるのである。日本と世界を護りながら神仕組を推し進めておられる大きな神々様に対して、【パワースポット】などと勝手に名づけ、欲と煩悩にまみれた個人のちっぽけな願い事をして、

お賽銭も1円や5円のお粗末な人間と比べて、どちらが神々様が一段と喜ばれ、より一層の絶大なる御神力と御神徳を発揮してくださるか、このブログをいつも読んでくださっている賢明な読者さんならば、お分かりになるだろう。



九頭龍師

 今回初めてこの記事に目を通してくださった方は、もし神社仏閣へ参るのならば、ぜひ上記のような【日本と世界の平和と人々の幸せ】を祈った後に、個人的なお願い事をしてみて欲しい。

すなわち、【自分の個人的な小さな願い事】より、【日本と世界の平和及び人々の幸せ】を先に祈る。それは、何万年も太古から【ミロクの世】に向けて【神仕組】を推し進めている全ての神々様が喜ぶ【愛念と真心の想い】なのである。

さすれば、そのお祈りをした神社仏閣に、ワールドメイトでいうところの正神界[善]の神々様が降りておられるなら、近いうちに驚くべき証が出るはずである。また、絶大的な証[奇跡]をさらに多く体験したい方は、ワールドメイトで【神法悟得会~入門篇】という正しいお祈りの仕方を習うといい。



 ~そうすれば、忙しくて神社に行けない方でも【魂ふり神法】で好きな神様を呼べるようになるし、正神界の神様が降りておられる神社や神域で祈れば、そこの主宰神じきじきにお出ましくださって貴方の願いを聞いてくださり、

その願いが成就するように御眷属に命令を出してくれたり、その主宰神じきじきに動いてくださるようになる。私でさえ数えきれぬほど体験して来たのだから、私よりも真面目で立派な貴方なら、真の神様の存在を確実に体験できると誓う!!

 ~その繰り返しで、私の信仰心は絶対的なものになっていったのだから。(※さらに詳しく正神界の神々様のことを知りたければ、深見先生の書籍を参照)

熊野本宮大社

 私が思うに、願い事が成就する基本というのは、正神界の神々様や神霊界のことを正確に知って理解したうえで、正しい祈り方に加え、それら目には視えない神々様に対する絶対的な信頼感を持つこと。これに尽きると私は思う。

もちろん、日頃から神々様に喜ばれるような生き方をなさっていれば、すみやかな証も出やすいだろうとは思う。それこそ、私より真面目で立派な生き方をされて来た貴方なら、なおさらである!

なぜなら、神々様に喜ばれるような生き方の根底には【五常の徳の仁義礼智信】はもちろん、【勇忠孝悌和の五徳】や、素直、純粋、愛念、素朴、健気、真面目などの善の要素が必ず入っているからである。



 自己中で周りの迷惑や気持ちも考えず、他者への配慮も欠けていて、普段は信仰心の欠片もなくて自分勝手な生き方をしている人間が、いくら正神界の神様が降りておられる神域で願い事をしても、根底にある欲する気持ちが間違っていたら成就するわけがない。

それら欲深い人間の間違ったお祈りが叶えられたとしたら、それらは正神界[善]の神々様ではなく、悪いほうの動物霊や邪気邪霊や魔[悪霊]の仕業である。正神界[善]の神々様は、本人が本当に真面目な努力をしなければ、力は貸してくれない。

~熊野大神様だけは特殊らしいが。。
 ┗『2020★箱根~熊野~伊勢★超絶ノンストップ3神社参拝記!!



 たまにTVなどで【パワースポット】などと称して【薄気味悪い稲荷神社】などを紹介して、『ここで願い事をした人達が立て続けに宝くじに当たって~』などを見るが、

間違いなく金毛九尾などの狐霊を始めとする【まがいもの】の仕業であり、酷いケースになると願い事をしたその瞬間から、私のように【御魂】に憑依されて乗っ取られたり、死後そのまま狐霊になってしまったりするだろう。



 ~私の体験からは、稲荷神社は本当に止めたほうがいい。霊的に敏感な方なら、稲荷神社の近くを通っただけで、あるいは稲荷神社の映像や写真を見ただけで、身体が痒くなったり、寒気を感じるはずだ。

また、狐の祟りや霊障も強烈なもので、願いが叶った際のお礼参りなどを欠かすと、酷い場合には末代まで祟られたりもする。



 これが正神界[善]の神々様からズレた動物霊や悪霊や悪魔の怖いところであり、正神界の神様の場合は決して祟りもしないし、その人間の御霊の成長にとってマイナスと見れば、絶対に願いは成就しない。もし正しい神様が与えてくれるとしたら、御霊磨きや成長に支障が出ない程度だろう。

だから、正しい霊界法則や正神界の神々様のことを良く知らない【スピリチュアルタレント】などのお勧めにはじゅんぶん注意することである。これらTVなどに出ている人間は、紹介することはできても、正しい救霊やお祓いはできない。



 ~その【スピリチュアルタレント】は【審神[さにわ]】すらできないから自分が憑かれていることも分からず、神霊界の知識さえ皆無なのだから。だから、霊界法則に反した成仏していない霊のことをベラベラ喋るのである。

ここでは名前は伏せるが、そういった【スピリチュアル】的な言葉を使う人間には注意して欲しい。あとあと、霊障が酷くなったりおかしくなったしても、【スピリチュアルタレント】は責任を負わないのだから。




【My Chemical Romance - Famous Last Words [Official Music Video]】


 ~それでは話を本題に戻そう。最後に奥宮に坐す神々様に『7年間、この奥宮登拝をさせて頂き、本当にありがとうございました!!』っと、涙で目頭を濡らしたままお礼を込めて頭を下げ、奥宮を後にして下山を開始した。

【7】というのは変化を現す数字であり、私が初めてワールドメイトで救霊を受けてそのまま入会したのが【平成7年11月17日】~あれから【1】と【7】は私のラッキーナンバーになった。また私の誕生西暦も【1971】

【1】は物事の始まりを示し、【7】は変化を表す。また【北斗七星】の働きを示す数字でもある。まさに【平成7年11月17日】~それまでの地獄の人生が、ワールドメイトの救霊で変化して、新しい人生が始まった。



 また、運転していてフッと前の車のナンバーを見れば【11-17】だったり【11-77】だったり、【77-11】だったり【17-11】だったり、なぜか【1】と【7】しかなくて、ワールドメイトに入会した日を連想させる数字な事が、しょっちゅう起こる。

たぶん守護霊様が『生まれかわった奇跡を体験したあの日のことを忘れるな』とか『御神業や御霊磨きを忘れるな』とか『いまの気持ちを忘れるな』とか良い意味で、この【1】と【7】を合わせて知らせてくれているんだなっと私は解釈している。



 そして帰りは7年前の初回と同じく、この石碑が立っている登山道で記念に写真を撮り、こうして私の長かった7年連続、7月22日三峯神社の奥宮登拝は無事に幕を下ろしたのであった。

時刻は11時51分。運動不足の体にしては、今年は奥宮登拝の7年間で1番ラクな登拝だった。やはり6年間、登山の基本を無視して登っていた為に余計に疲れていたんだなっと思い知った。最後の7年目に気づかされるとは、なんと皮肉だろうか。~やはり【7】というのは変化の数字なワケである!(;▼Щ▼)



 ~そして、年齢的&康面のことを考え、去年に下した結論、『今年、7年連続7月22日三峯神社の奥宮登拝を成功させたら、奥宮登拝は止めにしよう』っとの決断に対しての後悔はまったく無く、むしろ、やりきった感というか、三峯に坐す神々様みんなが祝福してくれているっといった幸福感と達成感にも包まれている。

何回目かは忘れたが、土砂崩れでいつもの道が通れず、山梨側からわざわざ遠回りをして三峯へ来て、奥宮まで登拝した時もあった。~そういう苦労も、三峯の神々様はすべて見ていてくれて、後々報いて下さっていた。



 神様ごとをするのに【理屈[こじつけの理由や現実を無視した条理。それを言い張ること]】や【理論[事実や現象を説明するための体系的な知識。セオリー]】や【論理[思考や議論を進めていく上での道筋。ロジック]】は不要だ。

あなたは、なぜ幼少期の子供のほうが、神通力や霊能力が強いのがお分かりだろうか?~子供は大人ほど、それら理屈や理論や論理をもってして物事を処理しないからである。純粋であるから御霊が光輝いて表に出ているから良く感じられる。

『子供の頃や思春期までは霊感があって霊が視えたんだけど、大人になったら見えなくなったよ~』っと言う方が多いのは、この上記が理由であり、
厳しい現実世界で大人になるにつれ様々な知識を詰め込んでしまうから、子供の頃の純粋でピュアな気持ちや感情が薄れていってしまう。



 だいたい、思春期を境に不思議な能力が消えてしまうのはこの為だ。すなわち、神様や霊を感じたいのならば、余計な邪念、妄想、理屈や理論を捨て、子供の頃のようなピュアで純粋な感情を忘れないことである。

たかが金縛りひとつとってみても、なんでも理屈や理論、科学で説明してしまう人間には、一生かかっても神様の神通力や御神徳はおろか、霊の存在さえ感じられないだろう。

私がワールドメイトの会員初期の頃に神様を感じた時も、超絶睡眠不足で意識朦朧としている時が多かった。しかも今でも【神夢】を見るのは、睡眠から意識が戻ったほんの数秒間だけである。~すなわち、極限に無心(ピュア&純粋&自我が出ていない)の時である。


 
 だからあなたも、正神界の神々様がいらっしゃる神社仏閣でお祈りする際は、余計な思いや考えを持たず、子供のようなピュアで純粋な気持ちを表に出しながら、自分の前に金色に光輝く、

大きな神様がいらっしゃるようにイメージしつつ、報恩感謝とともに日本と世界の平和、すべての人々の幸せをまず真剣に祈ってから、自分の願い事はオマケみたいにちょっとだけ付け加えて祈って欲しい。



 ~さすれば、この日本と世界を護って働いておられる神々様からは、

『うむ!よくぞ申した!!この時勢、自身の私利私欲のためにしか参拝に来ない人間がほとんどの中、汝の世と人々の幸せを祈る気持ち、誠に嬉しいかぎりである!!汝の願い事は我が御神徳をもって、●●日以内に必ず叶えてしんぜよう!』

っと、こんな感じで受け取ってくれるだろう。その瞬間から、御祭神に遣える御眷属さえも、あなたを突発的な事件や事故、災難から日々護ってくれる。




【Maduk ft Veela - Ghost Assassin】


 ~また、あなたは思わないだろうか?

 『なぜ、神社仏閣に祈る人間があとを絶たないのか?』 『なぜ毎年、初詣の伊勢神宮や明治神宮に何十万人と参拝し、お賽銭を投げ込んで手を合わせて祈るのか?』 『なぜ毎年、そんな混む場所へわざわざ足を運ぶ人間があとを絶たないのか?』~なぜならそれが、『日本古来から続く【神道】という文化や風習』だからである。

遥か大昔のお伊勢参りとなれば、仕事を休んででも行って来いっと喜ばれ、徒歩で何日もかけて全国から何十万人、何百万人という庶民が天照大御神様のもとへ参拝したのである。そういうのが御先祖から子孫へ、親から子へ語り継がれて来たからこそ、毎年あれだけの人達が神社仏閣に参っておられるのだ。



 これら神々様のことや、私たちが死後行くことになる霊の世界の霊界法則やルール、それらを正しく教えてくださるのは、ワールドメイトの深見先生しかおらず、神様がいない仏壇に向かって般若心境や南無妙法蓮華経を唱えるだけが教えの一般的な宗教や教えでは、一生かかっても本物の神様など感じられない!

仏壇に向かって般若心境や南無妙法蓮華経を必死で唱えても、出てくるのは御先祖や、成仏できていない先祖霊ばかりであるから注意してほしい。私も過去、創価学会や天理教の信者の人と話をしたことがあるが、現在の私のように神様を感じられる人は、ひとりもいなかった。



 ~祈る人間が、本物の神様の存在や証を経験していなければ、どこに祈る価値があるのだろう?なにが楽しいのだろう?だから、巷の大きな宗教に入ってなんの奇跡体験も証もなく、神様とも会えず、

ただただお布施だけして一生を終えてしまう人間のほうがはるかに多いことに非常に残念に思うと同時に、深見先生がおられるから本物の神様が幾柱も降りているワールドメイトが、そこらの新興宗教と一緒にされてしまうことが誠に残念でならない。



 その神社の御祭神の姿や働きや御神徳、その御祭神の正体、その神域に隠された本当の秘密、何万年も遥か古代から日本全国に隠された秘鍵さえも解き明かし、それらの絶大なる神々様を言向け柔し、

この日の元の国をお護りして頂くようにできるのも、また、救霊の法や九頭龍神法、世界一密教や薬寿神法など、、私達にも神様を降ろして使いこなせるよう、正しく教えてくださるのも深見先生しかできない。


 なにより深見先生はワールドメイトの教祖だけではない。ビジネスマンとしての会社経営、オペラ、コンサート、絵、歌、作詞作曲、書道、そして世界中の国への福祉活動なども含め、まさにオールマイティに活躍なさる凄い先生であり、巷の宗教の教祖や霊能力者で深見先生ほど活躍なさっている方は一人もいない。

【深見東州(半田晴久)紹介ビデオ】


 この記事を読んでワールドメイトのことん知った方は、【強運】【神界からの神通力】【大除霊】など、ぜひ深見先生の本を読んでみて欲しい。この深見先生の書籍だけにこそ、正神界[善]の神々様の事や神霊界の正しい知識、いろんな神様の真実の姿や本当の御神徳の事など、驚愕すべき真実が書かれている。

それほど深見先生は凄いし、巷の宗教の教祖や霊能者とは格段にレベルが違う。それら巷の新興宗教の信者がワールドメイトの活動内容や深見先生の凄さを目の当たりにしたら、どんな宗教の信者でもワールドメイトのほうを選んでしまうと私は断言できる!

~だからこそ他宗教をやっていた人が、神を行じ、神を体験できるワールドメイトに来ると、『こここそが本物だ!これこそが私が救い求めて来たものだ!』っと感動して、すぐさま会員になってしまう。そしてその結果、誠の神の存在を知ることになるのである!





 深見先生がメルマガや書籍などでも何度も申しているが、『人間にとって狎れ[慣れ]、 驕り[天狗]、怠り[怠慢]が一番恐ろしい』と言う。これらが出てくると、周りや神仏に対する感謝や謙虚さが薄れ、天狗となってしまう。

すると【御魂】、人間としての成長はそこで止まってしまうと言う。すなわち、悶々と過ぎる人生の中で、現状に満足してしまうと駄目だということだ。

常に進歩向上と進歩発展を考えて、愛念と真心で他人に尽くし、努力しながら生きる。この【真髄】とも言える事を、巷の霊能者やスピリチュアタレントなどの口から聞いたことがあるだろうか?



 ~私は一言も聞いたことがない。これが深見先生の偉大さであり、格段にレベルが高い証拠なのである。だからこそ、深見先生にはすべての神様が懸かれるし、降ろせるのだ。

長くなったが、これらを決して忘れぬよう、神々様への報恩感謝とともに日本と世界の平和、この地球に暮らす人々の幸せを、まず第一に祈って頂きたい。

これこそが正神界[善]の神々様が望む、一番の大きな願いなのだから、それら神々様と同じ気持ちになったとき、あなたも神様の存在を必ず感じられるハズである!



 さて帰り。そのまま遥拝殿と本殿に戻ってそれぞれ軽く感謝のお祈りをしてから、社務所の隣の建物で着替えとお手洗いへ。こんな雨でも参拝客はいた。

結局、雨はいっこうに止まず、足元は泥だけで、頭と首まわりは雨でズブ濡れ、カッパを着ていた身体部分は汗でビチョビチョだ。

きっと、当日に私とすれ違ったり、見かけたりした方々は、『あら!!(衝撃)、水も滴るイイ男って、この人のことよ!!(ハート)』っと思ったはずだ!




 …おっと、、なんか時間が止まっていたようだが。。

着替えてサッパリしてから社務所でお札と御朱印を購入。



これで、7年連続同一日での御朱印が7枚揃った!



最後に本殿で二礼二拍手一拝、お礼をしてから帰路へ。



サンダルに履き替えて、さぁ帰るぞ!!



山から下りて来たら~下界はとっくに雨があがっていた。



 晴れ男の私が、初めて味わった雨での奥宮登拝。天候は最悪だったが、こうして無事に三峯の神々様との約束を果たして功を立てれた感動。

なぜ、人は山に登るのか…今回の7年連続の三峯神社奥宮登拝で悟れた気がする。その理由はたぶん、その人間さえ気づいていないだろうが、【そこに坐す神々と御魂で対話】をしているのではないだろうかと私は感じた。
 
辛い、登頂という目標の中、無心になって懸命に登るうちに[御魂]は輝いて来る。そこに守護神や守護霊までも懸かり、そこに座す神々と対話しているのではなかろうか。



 願い事、悩み事、葛藤などすべて無意識のうちに、そこに坐す神々様に見られながらコンタクトしている。だからこそ、登頂という大きな目標を達成した後は、まるで[御魂]が震えるような歓喜感動が訪れるのだろう。

それを人間は無意識に欲しているからこそ、山に惹かれるのではないか?だから登山を趣味にしたり好きな人間は、他の人間よりも神様に通じやすい人間なのかも知れない。



 ~恐れおおい山に向かう時点ですでに、潜在的な霊能力が他の人間を超越しているのではないだろうか?まぁ~私の勝手な妄想なので真に受けないように。。長くなりましたが、最後までお読みくださり有難うございました!

あなたも、7回とは言わないので、1回くらいは奥宮へ登拝し、その圧倒的な御神気と絶大なる証を体験してみてくださいませ!

【MV Kung Fu Yoga "Beautiful Fairy Tales" 功夫瑜伽《美丽的神话》】


それではまた!!〆
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WINプロフ (=゚ω゚)ノよぅ

写真は美ヶ原高原美術館の野外にあるサモトラケのニケ【WINの原点の場所】すべてはここから始まった( ´∀`)つ

★誕生日:1971/4/25(尾崎豊の死去、JR福知山線脱線事故、ネパール大地震、ちなみに聖者サイババの死去は2011年4月24日)
A型 二黒土星 亥 牡牛座 177cm 8●kg(子豚)

ワールドメイト会員歴25年目[平成7年11月17日初救霊&入会]資格:普通自動車一種&二種、古物商、フォークリフト、薬寿師、世界一密教師、オマケで土偶神化伝(邪気邪霊や生霊や呪いを跳ね返せる神法)
━━━━━━━━━━━
★特技:数字シンクロニシティ[ユングが提唱した概念で"意味のある偶然の一致"の事] Wikiリンク⇒『シンクロニシティ』⇒『カール・グスタフ・ユング

これまた偶然にも4/25 乃木坂46 20thシングル発売『シンクロニシティ CD+DVD』(=゚ω゚) ━━━━━━━━━━━
★ちなみにTOKIO山口達也の不祥事が一斉に報道されたのも4/25である。私が【死にGO(4/25)】と言うように4/25はなぜか不吉な事柄が多く起きる。

ちなみに有名プロレスラーの破壊王[橋本真也]が急死したのは平成17年7月11日(40歳没)「破壊なくして創造はなし、悪しき古きが滅せねば誕生もなし、時代を開く勇者たれ!」が理念。

石原裕次郎】の死去は1987年7月17日(52歳没)
阪神淡路大震災は1995年
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