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また、ブログ全体のリニューアルをしたので記事内の改行などが崩れており(文字サイズも大きくした)、記事によっては非常に読みにくくなっていて申し訳ありません。人気記事ランキングの上位から地道に修正していますが、けっこう大変なのでなかなか進まずで~<(;▼Щ▼)おぉう

『網膜剥離で入院・手術!~Part.3 最終章』

※WINが受けた強膜バックリング術の詳細な手術動画をUP!!

退院キタ━(゚∀゚,,)━(゚∀゚*)━退院オ・メ・デ・ト・ウ!!
5月7日午後15分30分手術開始、17時30分に終了。2時間の手術、5月12日無事に退院です!

▼入院、手術した病院の眼科教授の説明
杏林大学医学部眼科教授 平形明人
網膜裂孔・網膜剥離

では、手術から退院までのその軌跡を説明しよう!

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私は20歳の時に突然ギックリ腰になって3日間入院したことがありますが、その時は手術などしなく、ただただベッドの上で絶対安静、動けないで寝たきりだった経験があります。

今回は人生初の手術を含む、約1週間の入院予定です。
杏林大学医学部付属病院
杏林大学医学部付属病院 -KYORIN UNIVERSITY HOSPITAL-

入院が決まった時から必要な物をバックに詰め込み始め、5月5日に先生から携帯に連絡があり、翌日6日からの入院とあいなりました。

着替え、歯ブラシ、タオル、お箸、服、パジャマ、洗顔フォーム、ヒゲを剃るカミソリ、財布、手帳、入院用のパンフや書類などなどを大きなバックいっぱいに1週間分を詰め込み、入院当日は早朝、始発の次の電車に乗るために地元の駅のフォームに一人で立ちました。


電車に乗るのなんて、何年ぶりだろうなんて考えながら電車待ち。
まだ朝の5時過ぎだというのに、通勤や通学で向かう人達で賑わい始め、始発から2番目の電車だというのに、既に座れず!(@@;;)ハアハア

結局、新宿まで座れず、新宿発の京王線の各駅でやっと座れまして、
杏林から一番近い最寄駅である「仙川駅」で降りました。
こんな朝早くなのにリーマン、OL、学生など~凄い数の人人人。オエー
ところが、反対側で降りたようでタクシーがおらずに10分ほど待ち。


やっと来たタクシーに重いバックを乗せて数分、やっとこさ病院到着。
杏林大学医学部付属病院
まだ7時半すぎ。朝の激混み通勤ラッシュ電車より少し早く来れましたが、受付もやっておらず、しばらくは広いロビーで休んでおりました。

9時半すぎ。指定された時間が来たので、少し歩いて入院受付へ行く。
入院預かり金10万円を払って手続きして、事務のナースに連れられて病棟へ。

ナースステーションで受付をした後、病室の自分のベッドとご対面。
すぐに自分で名前を書いたリストバンドを手首に巻かれます。
これで正式な入院患者の仲間入りです! キタ━(゚∀゚*)━!!


3人部屋で広く、他に誰もいなかったので窓際のベッドを選択。
まもなく、一緒の部屋に入院しに来た●辺さんと挨拶を交わし、
一緒にロビーへ行って看護婦長の入院説明を受けました。

3人部屋だけど、当分はお隣さんと2人きり。
●辺さんは40代前半で、夜に配送の仕事をしている方でした。
症状は私よりも重く、予定の手術時間も私の倍でした!(@@;)



入院生活は思ったより落ち着かなく、検診検温、決まった時間での食事と目薬(検査のため)、そして、ふいうちで来る先生方の検査。


寝ようと思えば何かをする時間。寝てもすぐ何かをする時間。
食事を食べて、これで寝れる~と思いきや、ナースの訪問。

「体温計ってくださ~い。食事は食べれましたか~?」


検診・検温が終わってベッドでゴロゴロしてると、

「●●さ~ん、眼を見せてくださーい」と先生に呼ばれ、
病室の目の前にある大きな検査室で様々な検査をされます。
入院初日はなんと、5人の先生方に眼を見られて検査されました。


また、私たちの病室の前がちょうど検査室のため、
毎日のように新しい患者さんが入院して来ては、検査の後で、
先生に手術の説明をされているんです。

なんとまあ、来るわ来るわ、若い人からお年寄りまで、
毎日5人前後は新しい人が入院して来る感じでした。



こんな感じで~ほぼ予定通りの入院ですが、私の手術は
「緊急手術に当たるため、通常手術の合間でやります」
との説明を担当医から既に受けておりました。

ですから直前まで手術時間は未定、当日(7日)の朝10時から30分ごとに瞳孔散大目薬を点し続けるように言われました。

(人生初手術が網膜剥離、局所麻酔で眼球グリグリ嫌あああ!!)


既に朝から緊張はつのり、トイレに行く回数も増える。
30分ごとの目薬のために落ち着いて寝ることもできない。

(もうダメだぁ~痛いだろうなぁ~死ぬぅう~助けてくりぃい~)


入院前にYOUTUBEでバックリングの動画など見てしまったものだから、余計に恐ろしくなり、恐怖が襲ってくる。

もし蕁麻疹が再発してアナキラフィシーショックにでもなったら・・
もしも失敗して失明でもしたら・・、激痛だったら・・ガクガクブルブル


そして、手術15分前になって手術室から呼ばれたそうで、
トイレなどをすぐ済ますように看護婦さんから言われました。

キタ━━━(゚∀゚,,)━(゚∀゚*)━━━!!


手術しなければ絶対に治らない。時間が立てば失明する。
手術すれば痛い。手術しても元の眼の状態には絶対に戻らない。

(手術で網膜を貼り付けることと、術後の回復は別物である!
手術で網膜が貼り付く確率は90%以上だが、一度剥がれた網膜は機能的には使い物にはならないからである)



手術してもドコまで回復するかは神任せなのである。
進むこともままならず、後退することもままならず、まさに究極の選択&精神状態、まな板の鯉とは良く言ったものである。

(最終決戦ア・バオア・クー!! 総員、白兵戦に備えろ!!)



恥ずかしいが、病室から車イスに乗せられ看護婦さん2人に運ばれる。
長い入院病棟を通り、緊急用の渡り廊下を通り、ドアを抜けると・・
外来5階のアイセンターに通じていた。そして、奥にある眼科手術室へ!!

(・・さらばホワイトベース・・さらば地球・・・)



手術室の前で少しだけ待たされたが、その間、看護婦さんは
入院する時に書いた基本事項の紙を持って、奥で説明していた。

首のヘルニア、花粉症、蕁麻疹などのアレルギーがあること、
手術に立ち会う医師たち全てが患者の健康状態を把握するらしい。



手術室に入る前、助手の女医の一人が親切な言葉をかけてきた。
『緊張しないで大丈夫ですよ。リラックス!!リラックス!!』

(人生初手術が目ん玉でリラックスなんてできるワケないやん!!)



そして、いよいよ手術室の扉が開く時がきた!!

(アムロ、イキまーーーす!!!!!・・・ガクガクブルブル)


手術室に入る前の想像では、すぐ目の前に手術台があって明るいライトが・・と思っていたのだが、、いざ手術室の扉が開くと、自分が運ばれる通路が正面にあり、通路の左手側に、手前、真ん中、奥と3つの手術室があり通路で全て繋がっていた!!


そしてなんと!!! 通路から手術してる様子が見えるではないか!!!!!
手術写真
(ウゲー!!リアル中継ー!!気持わるぅぅううー!!)

1つ1つの手術室はかなり広く、いろんな機器が並んでいて怖かった。
1つの手術室に5人以上の医師達がいたのを記憶している。

そして私は1番奥の手術室に運ばれ、歯医者にあるような席に座らされた。ここで、右腕に点滴、左腕に血圧計、胸には心電図を付けられ、
それらは手術中ずっと付けられっぱなしであった。



ここまでくると緊張はMAX、アドレナリン&ドーパミンがフル放出、
それこそ、バオー来訪者の主人公にでもなった気分である!!!
バオー来訪者
(育朗ぉおおおー!!バオー!!バルバルバルバルバル!!)


私の予定手術時間は、事前の話では2時間半くらいであった。
執刀医は2人、助手は女医1人の計3人で初められるようだ。執刀医の片方はいつも診察をしてくれる担当医の若そうなイケメン先生。

この先生、若そうなのに冷静沈着なエリート医師という感じである。
診察でも物静かでクールだが、時おり見せてくれる笑顔は優しい。


また驚くことに、診察時に手術説明をしている他の執刀医も若く見えた。
杏林のレベルの高さを垣間見た。皆、エリート中のエリートなのだろう。

(・・さあ、見せてもらおうか!!・・その杏林眼科の性能とやらを!!)



そして、私の手術も始まり、3部屋ある手術室はフル稼働になった!!
さすが、眼科だけで年間手術数1,000件を越える大病院である。

手術室の椅子が倒れ、目薬の麻酔を両目に打ち、目の周りを消毒。
そしていよいよ、痛いと評判の麻酔を先生が手にする(ガクガクブルブル)



まず、目尻に1本~オロナミンC!!・・・


先生が麻酔を打つ場所を指で押しながら慎重に場所を決め、
ジワーと1本目を注入していく・・(激痛くるぞー!!!!!!)



・・え???あり??・・全然痛くないぞ・・(゚∀゚,,)


麻酔の最後のほうでは、目の中にまで麻酔液が流れてくる。
水の中から見ているみたいになっている。無痛!!で1本目完了!!(゚∀゚*)



次に、少し離れた目の下あたりに2本目を注入する。
ジワーと2本目を注入していく・・・(激痛くるぞー!!!!!!)



・・え???あり??・・全然痛くないぞ・・(゚∀゚,,)


なんという ネ申業!! 2本も大量に打ったのに無痛!!(゚∀゚*)


歯医者の麻酔を想像して欲しい。あの痛い麻酔の何十倍の量を目尻と目の下の深い部分に打つのである。


事前の手術説明で別の先生からは、
『麻酔がねーかなり痛いんだよねー・・これだけは仕方ないのよ。
麻酔さえ頑張れば、後は痛くないから大丈夫なんだけどねー』

との説明を受けていたからして、余計に怖かったのである。



先生の言う通りに目をつぶり、目を動かして麻酔を浸透させていく。
この時点でもう右目には感覚もなく、視界も真っ黒で全然分からない。

次に目を開く機械を瞼につけるが、少しチクっと痛かった。
そして酸素のコードを鼻の近くへ置いてテープで貼って固定。


顔全体を固定する器具で頭を固定されたのち、
目の部分があいた布を顔に被され、目や顔にテープを貼られる。

顔の布は胸の上まであって、その上に手術で使う器具を置かれる。
完全な準備の後、いよいよ手術が開始された時、助手の声が・・


助手『先生、録画しますか?』

執刀医『・・・・・はい』

WIN『(そうか、私の手術ビデオは医大生の教材になるのだな・・)



手術中は明るいライトに照らされてるが、視界はゼロ。
麻酔のお陰で真っ黒、何やってるかサッパリ分からず。

かろうじて、引っ張っているみたい~とか、
鋭そうな器具が触っているな~とかが微かに分かるくらいである。


バックリング手術がイメージできない方のために↓
────────────────────────────
「強膜バックリング術による網膜復位術」
強膜バックリング手術バックリング手術は眼球の外側にシリコンでできたスポンジとかタイヤなどを縫いつけて眼球を凹ませる方法です。

凹ますと網膜が眼球壁にくっつくので、後ろからの水の入る入口が閉ざされ、また眼球を凹ますことにより体積が減るので、中の圧力が高くなり、ちょっと孔をあけるだけで、中の水を楽に排出することができ、網膜の復立が可能になります。


手術は眼球の結膜を切って結膜をはがし、眼球を動かしている筋肉に糸を掛けて、孔の位置をはっきりマーキングして、シリコンスポンジの幅を確認し、針で糸を掛けていきます。ここの強膜は厚さ1mmぐらいなので、その半幅に糸を掛けていきます。


次に眼球の外側に横方向に糸を掛けていきます。全体では眼球に鉢巻きする形になります。小さく穴を開けると水がさっと出てきて、網膜は復位します。

すべての手術が終わった時には網膜の孔はバックルの上にのって閉鎖されているわけで、たとえ網膜下液が残っていても、裂孔が閉鎖されていれば網膜は自然に復位するので大丈夫です。しかし眼圧は正常範囲でなくてはなりません。その後、また穴が開かないように裂孔をレーザーで焼き固めます。一度の手術で終わらせるときは冷凍凝固をします。


最近はバックリング手術をなさる先生が少なくなっているのも事実です。バックリング手術の難しいところは孔は網膜のなかにあるので、外側からものを縫いつけた場合、中の隆起の感覚がつかめない先生が多い。直接見て縫い着けるわけではないので、間違いない位置を見つけにくく、微妙なずれを生じてしまうのが難しいのです。

バックリング手術はアートとさえ言われているくらいです。


↓WINが受けた強膜バックリング術の手術動画━━

最後の白目の縫合まで、しっかり鑑賞しましょう!
真っ赤っかに充血するワケです、ハイ!


↓冷凍凝固を含む強膜バックリング術の手術動画━━

冷凍凝固にバックリング、バックリングの大きさからも、
WINが受けた手術の難易度と同じと思われます!(あくまでも推測で)


↓もひとつオマケ、バックリング手術━━


↓強膜バックリング術と硝子体手術━━


────────────────────────────

私の手術は意識がある局所麻酔だったが、基本的に、
杏林の眼科手術では局所麻酔で一貫しているそうである。

私の主治医のイケメン先生が言うには、
『医師達のレベルを高く保つため』だそうだ。


全身麻酔では患者の意識は無くなるため、仮に、失敗があっても
患者には分からない。しかし、局所では患者の意識はあるため、
医師同士の会話などは筒抜けである。

執刀する医師からすれば、緊張感や集中力などを常に高く保って
いなければならず、恐れ、怠慢、驕りなどあってはいけないのだ。
ここが杏林の人気の高さの秘密かもしれない。



主治医のイケメン先生にしても、私の見た感じ、入院患者の朝の診察、外来での診察、手術、新しい入院患者の診察、入院患者の手術方法の検討、入院患者の夕方や夜の診察、その他に医師のオリエンテーション、教授の診察立会いなど、まさに「殺人スケジュール」のように見えた。先生たち自ら体を壊さなければいいが・・



話が少し逸れてしまったので戻そう。


そして、手術時に大切な点がもう一つ。それは、、
「手術中は絶対に頭を動かしてはいけない」ということ。


ミリ単位の繊細な手術であるため、許可なく動くと取り返しのつかない
事態になる恐れがある。


WIN『ハックショーーーン!!!!!』

執刀医『!!!眼球にメスが突き刺さったあああああ!!!!!』

WIN『!!!(゚∀゚,,)!ヤッチマッターー!!!』


~とならないためにも、咳払い、クシャミ、首の疲れなどがあっても、勝手に動かしてはいけないと説明され、必ず執刀医に許可をもらってから
動かすことになる。

私の場合、首に交通事故の後遺症があるので手術半ばから首が痺れ、三回ほど首を動かせて頂いた。


WIN『せ、先生、く、首が痛・・少し動かしていいですか・・?』

執刀医『はい、今ならいいですよ』

WIN『い、痛ったぁ~ToT; はい、okでつ・・』

執刀医『では、再開しますよ』

~の繰り返しであった。先生、有難うございました;;



手術中は器具のカチャカチャする音などが全て目の上で聞こえてくる。
左腕の血圧計が膨んで腕を圧迫する度に夢でないことに気づかされる。

(今どうなってるんだろう・・あとどのくらいで終わるんだろう・・)


執刀している医師同士の会話、患部の状態の様子の話などが常に聞こえ、そのうち、冷凍凝固する「ジュワ~」などの音が数回聞こえてくる。

いつもの優しい先生が、診察時には出さない少し荒げた声で、
助手の女医に指示する声が頻繁に聞こえる。

(うほ、先生・・超真剣モードこええ(゚∀゚,,))



相方の先生とのコミュニケーションは上手くいっているようだ。
終始、いつもの優しい担当医が手術をリードしている。

当然、、

執刀医『!!うわ、間違えたあぁぁあああ!!!!!』



・・なんて悲鳴は聞こえてくるわけもない。

手術中に別の医師が入って来て、順調にいっている事を確認すると
別の手術室に戻っていく音が聞こえる。教授だろうか?・・

手術も最後のほうでは麻酔が弱りはじめ、ライトの明かりの中、
かろうじて先生の動いている影が見えるくらいになってくる。

(早く終わってくれー!! 激痛はイヤダー!!)


患部では、強く引っ張ってるな~とかがかなり分かるようになる。
しかし、最後まで痛みは出なかったから本当に良かった。


やっと、いつもの先生の声が聞こえた!!

先生『じゃあ●●さん、予定通りに手術終わりましたからね!』


レーザーはやらず、ガス注入もなしで、強膜バックリング手術終了、
無痛で無事生還である!!60度の長さで眼球に埋め込んだそうだ。

「強膜バックリング術による網膜復位術」
強膜バックリング手術360度が一周、180度が半周、90度が4分の1であるから、私の手術は比較的、簡単だったろうことが分かる。

あとで先生に聞いてみると、眼球の筋肉と筋肉の間、すなわち、筋肉をまたがらずのバックリングで済んだそうである。

だから、術後の目の周りの腫れも少なく、それだけ回復が早い。



先生『今晩はゆっくり休んでね。また明日診察しますからね!』

WIN『あ、ありがとうございました!(゚∀゚,,)』



顔に被せた布を取り、貼ったテープや機器、点滴を外す。
車椅子に移り、執刀してくれた先生達にお礼言って手術室から脱出!

(・・ララァ、ごめんよ・・僕にはまだ帰れる所があるんだ・・)



平成22年5月7日、午後15時30分手術開始、終了は午後17時30分。ほぼ2時間で手術は完璧に成功して終わった!

(NEW WINの性能はダテじゃない!!!??)

この日は永久に忘れられない1日だ!! 感動?の2257 (゚∀゚,,)




考えれみれば、不思議な気がする・・?↓
────────────────────────────

去年の夏、調布の花火大会を彼女と見に行った。

↓↓↓

去年の冬、夢の中で、眼鏡をかけた右眼のアップを見た。(霊夢)
過去記事11月29日⇒ここ数日間の恐るべき心霊体験
それから、寝て起きる瞬間に霊の声を頻繁に聞くようになった。

↓↓↓

今年の初詣は彼女と調布にある深大寺に行った。
深大寺 - Wikipedia

↓↓↓

2月だったか3月だったか、鹿嶋神宮に彼女と行った。

↓↓↓

4月の上旬、いきなり視野欠損。眼の疲れかと思いそのまま放置。
4月25日の誕生日の次の日の26日に地元の眼科にて網膜剥離と診断され手術日が決められる。


ちなみに数年前、交通事故に見舞われたのも26日。
25日の誕生日が終わった数時間後、26日の早朝である。

『私、WINの数霊解析』

『管理人WINプロフィール』

ここまで25~26日に立て続けに大きな事柄ばかりピンポイントで当たり続けるとさすがに偶然では済ませられず、目に見えない大きな力に支配されていることが分かる。
だからWINは誕生日の前後1ヶ月は怖いワケだ。


↓↓↓

その病院や医師が不安になり、いろいろ調べたあげく、
4月30日に三鷹にある杏林大学医学部付属病院(深大寺との距離はおよそ2km。かなり近い)へ行き、即入院手続き。

↓↓↓

5月7日に強膜バックリング術にて2時間の手術。
網膜裏に残った水は抜いていないので視野欠損は残っている。
5月12日に退院して今日に至る。

────────────────────────────

なんだか去年から、網膜剥離になって杏林へ行くのを導かれていたような・・?
それとも霊夢のせいで網膜剥離になったのか・・?



また、私の誕生日である4月25日は大きな不幸が起こりやすい。

1992年には十代の教祖と言われたカリスマ「尾崎豊」の死、
2005年にはJR福知山線脱線事故で死者107名、負傷者562名を出した。

そして25日とは、世界的大スターであるキング・オブ・ポップ、
マイケル・ジャクソンが亡くなった日(6月25日)でもあるのだ!

私が自身の誕生日の25日、4月25日(死にGO)を嫌うのも、
分かってもらえるだろうか・・・
不思議な数字の符合も起こりやすいのである。


また話が逸れた。失礼・・


麻酔が切れた後ではさすがにズキズキはするが、
痛み止めを処方してくれたので眠りにつくことができた。


術後から退院まで、手術した眼の状態はというと・・

1.白目の部分を縫っている為、瞼を閉じるとチクチクして痛い。
  もちろん、充血した白目の中に縫ってある糸が見える。

  (この糸は眼の中で自然に溶ける特殊な糸である)

2.毎日の目薬のせいで瞳が開き、手元も奥もボヤけてしまう。

3.網膜は貼りついたが、水が抜けていないので視野欠損は残っている。
  (暗い場所では顕著に症状が出て見えなくなるから怖い)

4.眼鏡をして見ていると眼の奥がズキズキしてきて頭痛になる。

5.白目を縫っているせいか、瞼を閉じても眼を開けられる感覚に陥る。
  (このせいで術後2~3日は落ち着いて寝られない)

6.涙ボロボロ、目やに大量で凄まじい状態になる。

7.術後は、目薬の時以外ずっと眼帯着用になる。

8.術後4日くらい立つと眼が痒くなってくる。
  (傷ついた表面部分が少しずつ治ってきた証拠であるという)

9.眼に埋め込んだバックルはアッカンベーしても見えない。
  (人によっては白目部分にバックルが見えている人もいる)

10.眼の周りを押すとさすがに痛い。



手術の翌朝からさっそく診察があるから辛い。
診察で何人もの先生達に痛い目の周りを触られて眼の診察、
そして、決められた時間(1日4回)に3種類の目薬をさす。

入院中は売店やローソンなどにもトコトコ歩いて買物に行っていた。
また、トイレは外来用の大きなトイレを散歩がてら良く使っていた。

(外来用のトイレの1番奥はウォシュレット付きなのだ!!シャキーン)


入院病棟がある5階からエレベーターに乗りB1で降り、
右手へ歩くとすぐ左側に三菱東京UFJとみずほ銀行のATMあり、
その向こう側に売店がある。ここで眼の周りを拭くコットンを買う。

売店は近いのだが、肝心のローソンが遠いい。
エレベーターから降り、通路を通って、およそ300mはある。
それも右へ曲がったり左へ曲がったりして、しまいには、
職員やローソンへ行く入院患者しか通らないような薄暗い廊下を歩く。


病院の中に24時間営業のローソンがあることだけでも凄いが、
眼帯のために眼鏡をかけることができず、ド近眼+乱視、
おまけに手術後の痛みの中、ローソンまで行くのは疲れるのだ。

同じ病室に同じ日に一緒に入院した●辺さんとは仲良くなり、
消灯後にも夜中まで語りあったのも楽しい思い出である。
彼女がお見舞いで買って来てくれたマックを皆で一緒に食べたりもした。


そのお見舞いのマックの残りのフライドポテトであるが、
これを夜中深夜にロビーの電子レンジでコッソリ温め、
病室で食べていたところ見回りの看護婦に見つかったことがある。

その翌朝、検診に来た別の看護婦2人にそのことをツッ込まれたのも
恥ずかしい思い出である。 ・・ああ、情けなや・・
きっと、朝のミーティングで報告されたに違いない。



そうして、毎日の診察や検査と目薬、様々な思い出?などを経て、
平成22年5月12日、無事に退院へと至ったのである!
22年5月6日午前に入院したので、1週間の入院生活であった。

WINは退院日を1日延ばしてもらったのだが、これは、
眼鏡も無しに眼帯のまま、重い荷物を持って電車での遠いい帰宅に心配した親と彼女のアドバイスもあり、看護婦さんに予定表を見てもらったのち、翌日の朝までなら~という約束でもう一晩泊まることになったのである。


翌日の退院日には彼女が朝早くから来てくれ、
わざわざ重たい荷物を一緒に持って帰ってくれた。

また、彼女は退院日も含め、一週間の入院期間の間に3回も来てくれたのであるから、本当に感謝してます。
ありがとさん!(ハート♪)(゚∀゚*)ノシ



しかし、退院したは良いが、担当医の許可が下りるまで洗顔やシャワーも禁止、もちろん、洗髪、ヒゲ剃りやお風呂も禁止である。

その理由はもちろん、汚れた水から傷だらけの眼球を保護する為。
感染症やバイ菌などから眼を守る為に、絶対守るように言われる。



寝ている時には目をこすらないように眼帯をして寝るが、
翌朝には目やに瞼が開かなくなる。涙もポロポロ出る。

頑張って瞼を開けば、目やにだか膿み?だか分からないが、
ビヨーンと糸を引くから超キモイ。おまけに白目は半熟イチゴ状態。

退院日001

真っ赤っかの大充血、まさにホラー映画のゾンビのよう。
退院する日になっても半熟イチゴ状態は治っていない。

翌日の診察時に先生から説明されたが、WINの場合、
網膜はくっついているが、裏に入り込んだ水は抜いておらず、
半年以上をかけて自然に排出されるのを待つということである。



視力はボヤけていてかなり悪い。裸視では手前も遠くも見えない。
自分の手相を見ようとしても手術した眼では焦点が合わない。

爪を切ろうにもボヤけていて苦労するが、眼鏡をかけると近くはますます見えなくなる。
また、眼鏡をかけた状態では携帯の文字もPCのディスプレイの文字もほとんど読めない。


眼鏡をかけて遠くを見ると、テレビなどの大きい文字は以前と変わらない感じで見えるが、少しボヤけて、左眼で見るより文字が小さく見える。
事前の情報収集から、少しバックリングしただけでも眼球が凹んで歪むのだから、当然、後遺症は覚悟していた。

また、手術前の視野欠損がまだあり、この部分に水が残っているということになるのだろう。暗い場所などではまだ視野欠損が出て見えない。
手術前よりも悪くなってしまった感じだが、これはバックリング手術の後遺症なのだから仕方ない。


完全に網膜下の水が抜けて視野欠損が治った半年以降に、
眼鏡のレンズを変えなければいけない問題もある。
こんなおかしな見え方に合うレンズがあるのだろうか・・?

元々、強度近視に加え乱視と目は悪かったため、それほど精神的ショックは受けていない。
なにせ、手術しなければいずれ失明なのだから・・


手術後2週間~5月22日撮影
↑手術後2週間たった眼の様子~5月22日撮影
バックルを埋め込んであるのが眼球の右下の奥(剥離した箇所)なので、白目の外側から下にかけては治りが遅く、まだかなりの充血。

白目の右下にまだ糸が残っていてゴロゴロチクチクしている。
なんだか目が細くなって微妙に一重に近づいちゃったような・・?

正常な左眼より、5mmくらい目尻が下がってしまっている。そして、
術後まだ間もない為か、後遺症なのか、目が明けづらい時が多々ある。




医師に言わせれば、
『いったん網膜が剥がれてしまえば完全な回復は不可能であり、
失明を食い止める手術であるから理解するように』
とのこと。

人によっては手術後も強い歪みなどの後遺症が残ったままの人もいる。
光が感じられ、失明しないだけでも救われたことになるのだ。


網膜復位術001皆さんも眼の定期健診は受けたほうが良いですよ。発見が遅れてまうと、失明や重い手術に至ってしまいます。


同じ病室で入院初日から一緒になった●辺さんは、大切な眼の奥にある黄斑部の剥離まで起こしてしまっており、手術時間は3時間、バックリング、レーザー、ガス注入と手術フルコース、おまけに最低2週間は24時間うつ伏せ生活であった。

WINが退院する日になっても眼の周りは腫れていて開かず、うつ伏せ生活が続いておりました。●辺さん、頑張って下さいまし!


WINの手術はまだ軽いほう、まさに不幸中の幸いでした。手術によって失明は免れたからして、神様に本当に感謝しています。あとは、少しずつ完全な治癒を祈るばかりであります。


網膜剥離はどなたでもなる可能性があります。いきなり私のように手遅れにならない為にも、下のリンクを必ず読んでおいて下さい!
知らないうちに迫り来る本当に怖い病気なんです。

網膜剥離の原因・メカニズム - [網膜剥離] All About
網膜剥離の原因・メカニズム - [網膜剥離] All About

網膜剥離の症状 - [網膜剥離] All About
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網膜剥離の治療、手術法、手術費用 - [網膜剥離] All About
網膜剥離の治療、手術法、手術費用


今後もまだまだ通院が続きますし、右眼の視力は戻ることはないでしょうが、前向きに頑張って行きたいと思います。

また経過を報告致しますね。それでは!ノシ

P.S
入院中、病院や病室で怖い心霊現象はありませんでした。
しかし、入院病棟の病室やトイレ、洗面所、エレベーターに鏡が一つも
無いのは、やはり・・出るからではないでしょうか?

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- Tex - 2019年01月23日 05:39:33

記事を読み返させて頂きましたが、本当に怖い病気ですね。。
稲川殿のご体調を心配されている方は多いと思います。
無理をなさらず、くれぐれもご自愛下さい。

承認待ちコメント - - 2013年10月21日 18:33:26

このコメントは管理者の承認待ちです

2年後輩ですっ - マヒマイ - 2012年05月05日 23:29:24

はじめまして…
杏林アイセンターで検索していてたどり着きました。
実は4/26に受診即緊急手術して、退院ほやほやです。
WIN様の記事はとても詳細で、
「そうだったそうだった!」と思いながら拝見しました。
今から手術の人にとっても凄く参考になりますね!

私は上から剥離(下方から視野欠損)で進行が急激でした。GW直前、病棟は満床、予定手術も詰まっていて…という状況で、すぐに手術を決めて下さったのがお若くて冷静沈着で説明の丁寧な医師でした。
もしかしてWIN様の執刀をされたイケメン医師なのかな?と思ったり…。

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WINプロフ (=゚ω゚)ノよぅ

写真は美ヶ原高原美術館の野外にあるサモトラケのニケ【WINの原点の場所】すべてはここから始まった( ´∀`)つ

★誕生日:1971/4/25(尾崎豊の死去、JR福知山線脱線事故、ネパール大地震、ちなみに聖者サイババの死去は2011年4月24日)
A型 二黒土星 亥 牡牛座 177cm 8●kg(子豚)

ワールドメイト会員歴25年目[平成7年11月17日初救霊&入会]資格:普通自動車一種&二種、古物商、フォークリフト、薬寿師、世界一密教師、オマケで土偶神化伝(邪気邪霊や生霊や呪いを跳ね返せる神法)
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★特技:数字シンクロニシティ[ユングが提唱した概念で"意味のある偶然の一致"の事] Wikiリンク⇒『シンクロニシティ』⇒『カール・グスタフ・ユング

これまた偶然にも4/25 乃木坂46 20thシングル発売『シンクロニシティ CD+DVD』(=゚ω゚) ━━━━━━━━━━━
★ちなみにTOKIO山口達也の不祥事が一斉に報道されたのも4/25である。私が【死にGO(4/25)】と言うように4/25はなぜか不吉な事柄が多く起きる。

ちなみに有名プロレスラーの破壊王[橋本真也]が急死したのは平成17年7月11日(40歳没)「破壊なくして創造はなし、悪しき古きが滅せねば誕生もなし、時代を開く勇者たれ!」が理念。

石原裕次郎】の死去は1987年7月17日(52歳没)
阪神淡路大震災は1995年
1月17日

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